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プロローグ:役立たずの勇者
「勇者の幸せって何なんだろうな」
ぽつりと呟いた言葉に、ユルグに同伴していた仲間たちが一瞬固まった。
王都へ向かう馬車の中で気まずい雰囲気が流れる。
彼らは所謂善人で、困っている人間を見かけたら放っておけないらしい。
そんな彼らにとって、勇者の仲間というのは光栄なことだ。
一年前、喜び勇んでユルグと共に旅立った彼らは――しかし、現実はそんなものではなかったと知ることになる。
ユルグのやる気のなさに、全員が愛想を尽かしているのだ。
彼からしてみたら勝手に期待して勝手に失望した馬鹿な連中だが、そう思っているのはユルグだけだ。
仲間たち――他の人間からすれば悪いのは役割を全うしないユルグ。
だからこうして、王城へ緊急招集を掛けられているわけだ。
要は、役立たずな勇者をこれからどうするか、ということ。
「それは……人助けや世界の平和、ではないですか?」
魔術師の仲間の男がそんなことを言う。
彼の名前は忘れてしまった。出会った当初は覚えようと努めたが、そんな気力はとうに無くしてしまった。
「そんな人間もいるんだな。俺には無理だよ。他人に対して自己犠牲で頑張るなんて」
「でも、ありがとうって言われると嬉しいじゃないですか。ああ、頑張って良かったなって思えませんか?」
僧侶の女が、胸くそ悪い事を言っている。
たぶん、彼女はユルグを馬鹿にしているんだろう。
ここに居る人間は全員、ユルグがどういう奴かを理解している。
勇者には向いていない不適合な奴だと、満場一致でそう答えるだろう。
それを分かった上でこんな台詞が吐けるんだ。背筋に悪寒が走る。
「誰かを助けて、世界の平和を守って報酬がそれだけ? 俺はそこまで聖者にはなれないね」
ユルグの態度に、我慢の限界だったのか。
戦士の厳つい男が馬車の中で立ち上がった。
「さっきから聞いてりゃあお前! 勇者がそんなこと言って良いと思ってんのか!? ふざけんのもいい加減にしやがれ!」
喚き散らしながら詰め寄ってくる男に、ユルグは心の底から辟易していた。
あまりにも理不尽だ。言い返す気力さえ残っていない。
周りでは男を止めようと何やら騒いでいるみたいだが、どうでも良かった。
力任せに揺すられながらぼうっと外の風景を眺める。
今この瞬間に、この世界のどこかにいる魔王とやらが全てを滅してくれたら良いのにな、なんて思いながら、ユルグは陽の光に瞳を細めるのだった。
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