三章◆微睡み

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またパンをひとくち口にする。 前と変わらずとても優しい味が口の中に広がった。 「はー、久しぶりに食べたなぁ。」 ため息と共にひとりごちると、杏奈は頭を抱えながら机に突っ伏した。 パン屋minamiにはちょっとした思い出があるのだ。 それが良い思い出ならまだしも、心にしこりが残るようなあまり思い出したくもないようなことだ。 そんな杏奈の様子に、広人は首をかしげる。 「何かありました?」 広人の問いかけに、杏奈はあの日のことを思い出しながらぼそりと呟いた。 「…私、前にminamiの店員さんにひどいこと言っちゃった。」 あの日の自分はどうかしていた、考えが子どもだった、そんな風に思いたいが、相手を傷つけたことに変わりはない。 変わり様のない事実は、自分が犯したこととはいえ罪悪感に打ちのめされる。 無かったことにしてずっと頭の片隅に追いやっていたのに、まさかこんな形で思い出されるとは思ってもみなかった。 とりとめなく言葉を紡ぐ杏奈の話を、広人は黙って聞く。 「たぶんすごく傷つけた。好きな人がとられちゃうって思ったら、意地悪しちゃった。私がもうフラれてるのはわかってたけど、諦めきれなかったの。」 杏奈は、大学時代から同級生である早瀬雄大と付き合っていた。 雄大とは同じ会社に就職し、しばらくは付き合いも続いていた。 けれどお互い仕事に熱中するあまり、いわゆる自然消滅状態になったのだ。 それは薄々感じていたが、それでも杏奈は雄大が好きだったし、恋人らしいことをしなくても職場で毎日顔を突き合わせることで満足感を得ていた。 いつかはまた恋人に戻るものだと、雄大は今でも自分のものだと疑いもしなかった。 そんなときに現れたのがパン屋minamiの店員である、南部琴葉だ。 雄大と琴葉はすぐに惹かれ合って恋に落ちていった。 といっても、minamiのパンを雄大に紹介したのは杏奈で、まさかそれがきっかけで二人が出会うなんて微塵も思わなかったのだ。
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