三章◆微睡み

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ため息と共に沈黙を破ったのは広人だった。 「僕は、杏奈さんに想われていたその彼が羨ましいですよ。だって、取られたくないって思うほど好きだったんでしょう?」 確かに、誰にも取られたくない、雄大は自分のものだと独占欲が働いていた。 それほど好きだったことは確かだ。 「その彼はパン屋さんと上手くいったんですか?」 「…そうなんじゃないですか?とりあえず私は振られました。」 二人がその後どうなったかなんて知らない。 退職もしたし、今さらパン屋へ行こうとすら思わなかった。 ただ、杏奈が姿を消したことできっと二人は上手くいったんだろうと、ぼんやりと思ってはいる。 「だったらよかったじゃないですか。意地悪しても二人はくっついたなら、彼女はきっと許してくれますよ。あのパン屋さん、とてもいい人ですもんね。」 「それはそうなんですけど…。」 パン屋の店員の琴葉は、“いい子”を絵にかいたような人物だ。 琴葉が怒る姿など想像できない。 けれどやはり琴葉も人間なので、嫌な気持ちになったりムカついたり恨んだり、そういう気持ちを杏奈に対して持っていない訳がないだろう。 頭を悩ませる杏奈に、広人は更に頭を悩ませることを言った。 「そんなに気になるなら謝りに行ってみたらどうですか?」 「えっ!そんなの無理ですよ!」 今さらどんな顔をして会えばいいというのか。 焦る杏奈に広人はにっこりと微笑みながら言う。 「案外何とも思っていないかもしれないですよ。だって彼女はとても優しそうですからね。」 杏奈はじわりと目頭が熱くなって、また机に突っ伏した。 (ほんと、そう。広人さんと同じくらい優しいから、だからこんなに胸が痛むのよ。) 優しさに触れると胸がぎゅっとなって調子が狂ってしまう。
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