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目を覚ました私の目に最初に映ったのは、古びた天井だった。
ぼんやりと顔を横に向けると、不思議な光景が広がっていた。
小さな部屋のカーテンの隙間から漏れる夏の強い日差しと、庭にある大きな木に止まりけたたましく鳴く蝉の声。
私の部屋だ、でも。
記憶の中のここは、19歳までの私の部屋なのだ。
ガバリとベッドから起き上がると軽く眩暈がした。
いつもの感覚が、夢ではないことを物語っている。
……、何が起きている?
いつもよりも眩暈が酷い気がする。
洗面台までの短い距離を壁によりかかるようにして歩く。
それから、鏡の中に映る私を覗き込んだ。
すぐに感じる違和感。
ここ数年は肩で切りそろえられていた髪の毛、それが胸の下まであることの意味。
二十歳まではこうしてずっと髪を伸ばしていた。
待って? ちょっと待ってよ。
鏡の中の私が、私を睨んでいる。
右の耳たぶを強いくらいに揉み潰し、眉間に皺を寄せて焦っていた。
「あんた、誰よ!?」
答えるわけのない私自身が、こちらに向かって同じように唇を動かしているだけ。
答えてもらえない質問に絶望を感じた。
シンと静まり返った家、母はきっと今日も保育園だろう。
リビングテーブルの上には朝ご飯にと母が置いてったトーストとメモ。
――冷蔵庫におかずがあるから、パンを焼いて食べてね! 帰りは十八時半には帰りたいな~! いってきます! お昼ご飯代置いておくね――
あの頃のように、母が得意な笑顔の自画像イラストが添えてある。
よく見たらメモの隣には懐かしい色の五百円玉が置かれていた。
何もわからない。
覚えているのは、あの変な夢とアイツの顔だけ。
私を憐れんでいるようなあの碧の目を思い出すと、またイライラと耳たぶを引っ張ってしまった。
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