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いちまいめ 結芽
「ゆめせんせい。ぼくのおとうさんとけっこんしてくれるんだよね?!」
とある夕方、私は初めて子供との口約束の怖さを知ることとなった。
約1年ほど前・・・
倖多結芽、まだ駆け出しの保育士。担任をしていた椎名徹平くん。いつもお迎えが遅くて、ひとりぽつんと待っていることが多かった。
彼の家は父子家庭。母親は彼を生んで1歳の誕生日を待たずに亡くなったという。
「てつくんのお父さんってどんな人?」
「うんとねー。やさしいよ。ごはんもおいしいんだよ。おやすみのときはいっぱいあそんでくれるよ!」
そんな話をしていると、お父さんが忙しそうにあらわれた。
「すいません。遅くなりました」
「あっ!おとうさん!」
「結芽先生。いつもすみません」
「いいえ。お仕事と子育ては大変ですよね」
いつもの社交辞令で徹平君を送り出す毎日。
素敵な人だとは思っていたけれど、同僚との話題として「あの子のパパはカッコイイよねー」くらいのノリだった。
とある休日、買い物に行ったショッピングセンターで偶然、迷子になっていた徹平君に遭遇した。
しばらく二人で近くを探していると、キョロキョロと辺りを見回すお父さんの姿を見つけた。
「だめじゃないかー、おとうさん。どこかいっちゃー」
「何言ってんだよ。お前がいなくなったんだろ?まったく」
そんな会話を聞いたらとても面白くてフッと笑ってしまった。
「ほら。笑われちゃっただろ?・・・って、結芽先生だったんですか。いつもと雰囲気が違うからわからなかった」
お父さんの方もいつものスーツ姿とは違って、ラフな私服姿。ちょっとときめいてしまったのは気のせいだったのだろうか?
「ほんと助かりました。よかったらお礼にお茶でも?」
「いえいえ。あらぬ噂を立てられても困りますので、お気持ちだけ受け取っておきます」
「あ・・・そうですよね。すいません。軽率でした。じゃ、これくらいは・・・」
ふっと笑って、近くにあった自販機で買った缶コーヒーを渡された。
「じゃ、ありがとうございました」
「せんせい、またねー!ばいばーい!」
「うん。バイバイ」
手をつないで歩いていく親子の背中はなんとも微笑ましく、素敵に見えた。
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