いちまいめ 結芽

1/6
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ

いちまいめ 結芽

「ゆめせんせい。ぼくのおとうさんとけっこんしてくれるんだよね?!」 とある夕方、私は初めて子供との口約束の怖さを知ることとなった。 約1年ほど前・・・ 倖多結芽、まだ駆け出しの保育士。担任をしていた椎名徹平くん。いつもお迎えが遅くて、ひとりぽつんと待っていることが多かった。 彼の家は父子家庭。母親は彼を生んで1歳の誕生日を待たずに亡くなったという。 「てつくんのお父さんってどんな人?」 「うんとねー。やさしいよ。ごはんもおいしいんだよ。おやすみのときはいっぱいあそんでくれるよ!」 そんな話をしていると、お父さんが忙しそうにあらわれた。 「すいません。遅くなりました」 「あっ!おとうさん!」 「結芽先生。いつもすみません」 「いいえ。お仕事と子育ては大変ですよね」 いつもの社交辞令で徹平君を送り出す毎日。 素敵な人だとは思っていたけれど、同僚との話題として「あの子のパパはカッコイイよねー」くらいのノリだった。 とある休日、買い物に行ったショッピングセンターで偶然、迷子になっていた徹平君に遭遇した。 しばらく二人で近くを探していると、キョロキョロと辺りを見回すお父さんの姿を見つけた。 「だめじゃないかー、おとうさん。どこかいっちゃー」 「何言ってんだよ。お前がいなくなったんだろ?まったく」 そんな会話を聞いたらとても面白くてフッと笑ってしまった。 「ほら。笑われちゃっただろ?・・・って、結芽先生だったんですか。いつもと雰囲気が違うからわからなかった」 お父さんの方もいつものスーツ姿とは違って、ラフな私服姿。ちょっとときめいてしまったのは気のせいだったのだろうか? 「ほんと助かりました。よかったらお礼にお茶でも?」 「いえいえ。あらぬ噂を立てられても困りますので、お気持ちだけ受け取っておきます」 「あ・・・そうですよね。すいません。軽率でした。じゃ、これくらいは・・・」 ふっと笑って、近くにあった自販機で買った缶コーヒーを渡された。 「じゃ、ありがとうございました」 「せんせい、またねー!ばいばーい!」 「うん。バイバイ」 手をつないで歩いていく親子の背中はなんとも微笑ましく、素敵に見えた。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!