かいだん、かいだん。

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かいだん、かいだん。

 怪談が楽しめるレストラン、始めました。  真っ黒なノボリに、血文字のようなものでそんなキャッチフレーズが書かれたそれを見て、怖いもの好きな私が興味を唆られるのは必然だった。建物は、それこそ全体が墨で塗りたくられたように真っ黒であり、せっかくの窓には全て重たいカーテンが引かれていて中が一切見えない仕組みになっている。此処にあったコインパーキングがなくなることになり、工事が始まった時は何ができるかと思ったが。よもやこんな、イロモノ系のレストランになるなどと一体誰が予想しただろうか。  駅から会社までの道からは一本裏手の道に外れるが、遠回りと言うほどの寄り道でもない。せっかくだから仕事終わりに行ってみない?と誘えば、同僚の朝子(アサコ)美瑠(ミル)の二人は真逆の反応を示した。 「あそこのコインパーキングなくなって、不便だなって思ってたのよね。ソレ潰してまで作ったレストランだもの、そりゃ興味あるわよ。怪談聞きながらごはん食べられるってのも面白そうだし。いいじゃない香澄(かすみ)、行きましょ」 「えええ……?」  眼鏡のクールビューティである朝子は、駐車場がなくなって不便になった恨みもあるのか随分乗り気である。彼女の場合は、お化けなんか小学校の時から信じてないと豪語するほどなので、怖いもの知らずということもあるのだろうが。  一方、小柄で未だに高校生と間違われるくらいの童顔である美瑠は本気で泣きそうになっている。先日三人一緒に行ったホラー映画で、まさか上映中に失神したというある種最強の黒歴史の持ち主だ。しかも失神するほど怖かったのに、起きたら内容を何も覚えていなかったというのだから恐ろしい。霊感があるわけでもないのに、一体何がそんなに怖いというのか私と朝子にはさっぱりである。 「二人とも信じらんない。なんでわざわざ怖い思いをしにいくの?幽霊とか悪魔とかそういうものなんてね、一生に一度も遭遇しないならそれに越したことないんだよ?怪談とかすると、そういうのがどんどん寄ってきちゃうっていうじゃない、わかってる?」 「へえ、面白そうじゃん」 「全然面白くない!面白くないよ香澄ちゃん!」 「そういうあんたは二十代も半分以上終わったくせして怖がりすぎでしょーが。実際幽霊やら悪魔やら見たことあるの?ないんでしょ?」  朝子が実に真っ当なツッコミをすれば、子供のように幼い顔の美瑠はぷう、と頬をふくらませて言った。 「得体の知れないものが怖いと思って何がいけないのよー!だって幽霊って、痴漢と違ってパンチもキックもきかないんだよ?」  理由はそれかい、と私は思わず吹き出してしまった。さすがは学生時代、痴漢の股間を蹴り上げて撃退したことのある猛者である。可愛い顔しておいて、中学生までは空手をやっていたんだっけな、と私は思い出した。  確かに、案外物理に自信がある人間ほどお化けというやつには恐怖を覚えるものかもしれなかった。記憶が正しければ、某小学生名探偵が出てくる漫画のヒロインも、最強の空手の腕を持ちながら幽霊が大の苦手であったはずである。  会社に入って既に数年。一番仲良しである私と朝子には、いつもぴったりくっついてくるのが美瑠である。嫌だ嫌だと言いながらも、彼女もまた結局“寄り道”に同行することになったのだった。  怪談をリアルタイムで聞けながら食べるレストラン、一体どのようなものであるのか楽しみである。  まあ、もしメニューを見て、とんてもない金額だったなら泣く泣く帰るしかないとは思っていたが。一人暮らしで友達と旅行三昧のOLの懐事情が、そんなにあったかいわけはないのだから。
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