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「ちょ、父さん父さん!棚からこんなの出てきたんだけど、すごくね!?」
「いっ!?」
久しぶりに帰った親の実家。本棚の前で中学生の息子がわいのわいのと騒いでいるので、僕は慌ててすっとんでいくハメになった。遠目から見てもその表紙はわかる。なんと彼は、僕が小学生の時に書いていた絵日記を持っているのだ。まさか母が、小学生の時の僕の宿題をいつまでも大事にとっておいてあるとは全く予想していなかった。
「ま、まさか孝太お前……その絵日記全部読んだんじゃないよな!?」
僕が真っ青になって言うと、小学生のように幼い顔をした悪ガキの息子はにんまりと笑ってくれた。この顔はアレだ、わざわざ全部読破してから声をかけましたというやつであろう。僕は頭を抱えるしかない。よもやこの年になって、小学生の頃の黒歴史をわが息子に見られることになるとはどうして予想していただろうか。
子供の頃の文章ほど恥ずかしいものはない。誤字脱字はひどいし、漢字と平仮名の割合も意味不明だし、何より夢見がちすぎるのがなんとも恐ろしい。普段は威厳ある父親のフリをしている僕が沈没しているのがおかしいのか、息子はぱらぱらと絵日記をめくりながら笑っている有様である。
「いやはや、父さんにもこういう時期があった、と。小学生の時から小説家目指してたっつーのマジだったんだな。ていうか“ドラゴン使いコータの冒険”ってもしかして、“アナザーワールドのコータ”の原題だったりする?父さんが今雑誌で連載してる児童小説の。ていうか、コータって名前、もしかして俺の名前の由来だったりして?」
「それ以上言うな、言うなああああ!ほんっとに恥ずかしいんだからああ!」
「いいじゃんいいじゃん。なんだよナニ照れてんだよー」
「ああああ!」
いやだって、恥かしくないはずがないではないか。子供の頃に書いていた小説をリメイクして、児童小説として売り出しているなんて。しかもその主人公の名前を、息子にうっかりつけているなんて。
「ひいばあちゃん、いい人だったんだな。……いいじゃん父さん。ひいばあちゃんや先生が応援してくれたから、今の父さんがいるってことなんだからさ。あの時諦めてたら、夢は叶わなかったってことだろ」
悶絶している僕をよそに、孝太はどこか嬉しそうでさえある。
「俺もなんか、始めてみようかな。自分だけの新しいこと」
散々罵られ、ダメだしされ、否定され、見向きもされないかと思ったら晒し上げられ。
僕の始まりはそんな散々なものではあったが――確かにあの時諦めなかったから今の僕が此処にあるのも事実である。諦めず、そしてそんな僕を支えてくれる人達がいればこそ。
何十年もの先の未来で、確かにあの時祖母がくれたものは、今ものなお次へと受け継がれているのだ。
だから僕も、このプチパニックが少しばかり落ち着いたら、いつか息子に言おうとは思っているのである。
今、何かを始める君へ。
下手くそだからと遠慮することはない。遅すぎることだって何もない。
始めようと思ったその時こそ、君が新しい君に生まれ変わる時なんだ、と。
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