悪魔の微笑み

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 強制休業なうえ不要不急の外出は禁止。  他のホスト仲間たちは都内の実家に帰省したり何らかしらのアルバイトを始めたと連絡が回ってきた。 「みんなバイトはじめたのかぁ」  高校を卒業してすぐホストになった僕は社会経験は皆無、資格も何も持っていない。  僕の持っている武器はこの顔だけだ。 「どーしたもんかなぁ」  独り言を呟きながら冷蔵庫を開ける。 「あ、鶏肉買ってたの忘れてた──皆で鍋パしようって言ってたんだった。まぁ鍋パは出来そうにないし、たまには自炊でもするか」  あまり使う事のないほぼ新品のキッチンにまな板を置き鶏肉を乗せる。  とりあえず麺棒で軽く叩いてチキンステーキにしてしまおう。取り出した麺棒で肉をバンバン叩きある程度柔らかくなったところで塩コショウを振りかける。  だが(ぬめ)る鶏肉で手が滑ってしまい塩コショウの中身を全てぶち撒けてしまった。 「うわっ! マジか!?」  湿った鶏肉に張り付く塩コショウを急いで水道水で洗い流す。 「これ食えるかなぁ?」 “ゴトッ”  一瞬物音が聞こえた気がしたが鶏肉を洗うのが先だ。 『私を呼んだのは貴方ね?』 “トントン”  ふいに肩を叩かれた。  一人暮らしの家でだ。 「は?」  恐る恐る肩を叩かれた方を見てみる。  すると見知らぬ女が僕の隣に立っていたのだ。 「────っ」  叫びそうになるが何とか堪えた。  音も無く、一体どこから入ってきたのか。   『呼んだでしょ? 私のこと』 「いや──呼んでないけど……っていうかどこから入ってきたんですか?」  艶のある長い黒髪にバブル時代を思い出させるようなハイレグの水着。胸を強調するかのように谷間には切り込みが入っており先の尖った尻尾がその女の背後でウネウネと動いている。 『悪魔なんだからどこからだって現れるわよ』  女は自分の事を悪魔だと言い、長い髪の毛を手でサラっとなびかせドヤ顔で僕の顔を見てきた。これはちょっと頭がヤバいタイプの人なのかもしれない。 「不法侵入で警察を呼びますよ」  あまり刺激をしないように冷静に相手に出ていくよう促す。 『はぁ……貴方が呼び出したから私は此処に召喚されたのよ! ほら、その手に持ってるやつ』 「鶏肉?」 『そう! それからホラ、これ!』 「麺棒?」 『そう! そしてこれ! 五芒星の魔方陣!』 「魔方陣?」  女が指差すキッチンの上を見てみると僕が撒き散らした塩コショウが偶然にも星のような形になっていた。よく見れば五芒星だが何故こうなったのか──ただの偶然としか言いようがない。 『貴方が鶏肉と木の棒を持ち五芒星の魔方陣を描いたから私が呼び出されたのよ。お・わ・か・り?』 「おわかりって言われてもなぁ。これは偶然の産物ですよ。僕が自分の意思で貴方を呼び出した訳じゃないので、どうぞお帰りください」  女の体を反転させ背中を押して玄関まで押し出す。その背中にはどういう構造で出来ているのか、皮膚から黒いコウモリのような羽が生えている。 『か、帰れって言うの!? あんたバカ!? 呼び出したんだから契約しなさいよ! でないと私だって帰れないわよ! っていうか押すな!』 「悪魔だとか、契約だとか、しつこい女性は嫌われますよ? もう、警察を呼びますね──」  スウェットのポケットに手を入れスマホを取り出そうとしたのだがある筈のスマホが無い。 「あ、れ? スマホが……」 『うふふ、これの事かしら?』  女は僕のスマホをひらひらと見せてきた。 「え!? なんで!?」 『悪魔なんだからこれくらいお手のものよ~』  女は再びドヤ顔で僕の顔を見てきた。 「返せ!」 『嫌よ~。だって貴方、契約してくれないんでしょ?』  スマホの中の顧客情報は命よりも大切だ。それを人質に捕られるとなるともう手も足も出せない。 「わかった──」 『契約してくれるの!?』 「まずは話を聞くだけだ」 『じゃあ、玄関じゃなくて中に入れてくれるかしら?』 「だめだ。部屋の中に女が居るのはマズイ」 『は?』  女は新喜劇の役者のようにズコっとコケてみせた。この女、実はかなり年上なのかもしれない。 「僕はNo.1ホストだ。盗聴器、カメラ、毎月調べてはいるがゴロゴロと出てくる。そしてそれはすぐにネットの掲示板に書かれてしまう。だから中では話せない」  接客中に仕掛けられているのか、それとも僕が仕事中に仕掛けているのか、とにかくNo.1ホストとストーカーは切っても切り離せないワンセットなのだ。 『ふ~ん。No.1ホストねぇ。──私がそのカメラや盗聴器取り除いてあげようか? スペシャルサービスでネットの掲示板に書かれている事も全部消してあげるわよ』 「出来るのか!?」 『お安い御用よ~ん』  女は中へと入りぐるりと部屋を見渡すと指をパチンと鳴らした。 『スゴいわね~エアコンの中、コンセントの中、カバンの中、沢山あったわよ。これでもう貴方を監視する物は無くなったわ』  くるりと僕の方を振り返った女の手の中にはコンセントタイプの盗聴器や小型のカメラが山のように乗っていた。 『ネットの掲示板もチェックしてご覧なさい。もう貴方の名前は無いはずよ』 「なんで、僕の名前──」 『悪魔ですから♡』  ネットの掲示板を見てみると確かに僕に関する記事が全てが消えていた。 「マジか……」  やってもいない枕営業、してもいない整形疑惑など、その全てがキレイさっぱり消えている。 「スゴいよ……」 『それにしても貴方モテるのねぇ。早く契約した──』 「ありがとう!」  長年の悩みから解放された僕は女の両手を握り感謝を述べた。 『なっ、なによ!? ふんっ! 悪魔なんだからこれくらい出来て当然でしょ? それより早く契約の話をしましょう』  どうやらこの悪魔、ツンデレらしい。  とても落とし甲斐がありそうだ─── 「そうだね、あ、悪魔さんはシャンパンは好きかな?」 『お酒? お酒は好きよ───でも言っておきますけど酔わせて契約を有耶無耶になんて出来ないからね』  僕の中のホスト魂が疼き始める。 「そんな悪魔みたいな事はしないよ。あ、スウェットじゃなんだから着替えてきてもいいかな? 君はソファーで寛いでていいからね」
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