悪魔の微笑み

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『ちょっと! いつまで待たせるつも──』  部屋の照明を落として薄明かりにする。 『なんで暗くするのよ!』 「お待たせ致しました──お隣よろしいですか?」  記念日にしか着る事を許されない白スーツを身に纏い、僕は女の待つリビングへと戻った。 『は? 勝手に座ればいいじゃない』 「失礼いたします」  太ももがくっつくほど傍に寄り添い、女に名刺を差し出す。 『近っ!』 「二階堂菊政と申します。貴女のお名前も教えてもらって宜しいですか?」 『や、知ってるけど。は? えっ、何これ? なんのつもり?』  悪魔の世界にホストというものは存在しないらしい。女は自分が接客されている事をわかっていなかった。 「こういうのは初めてなんですね。これは僕なりのおもてなしですよ。お名前を教えてもらえますか?」  女の目をじっと見つめる。  スリー・ツー・ワン・ゼロ── 『ひゃ、ひゃい。えっと、サキュバスのメリスでしゅ』  悪魔も落とせる僕の方が悪魔に向いてるかもしれない。 「ふふ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。時間はたっぷりある──」 『は、はい……』  さっきまでのツンツンした態度は何処へやら。メリスは生娘のようにモジモジと体をよじらせている。  誰かから貰ったアルマン・ド・ブリニャックをシャンパングラスに注いぎメリスに手渡す。 「どうぞ──それじゃあ、メリス。二人の出会いに乾杯しよう」 『え、あ、はい……乾杯』 “チンッ”  二人のシャンパングラスが小気味良い音を奏でる。 「そんな薄着で寒くない?」 『あ、これは……』  ほぼ裸みたいな格好を指摘すると急に恥ずかしくなったのか手で体を隠しはじめた。 「よかったら、これ」  僕は自分が着ていた白いジャケットを脱ぎメリスの肩に掛けてあげた。 『あ、ありがとう──』 「女の子が体を冷やしちゃ良くないからね」 『女の子だなんて、久し振りに言われたわ』 「メリスはどっからどう見ても女の子だよ」 『も、もう……からかわないでよ。幾つだと思ってんの?』 「24歳?」 「桁が足りなぁい。正解は240歳!」  そこまで年上だとは思っていなかったが随分とご機嫌になってきた。  もう完璧に落ちたに違いない。  こうして僕は一晩中ホスト魂を全開にしてメリスに夢のような接客をした。 『もう、飲めにゃい……すぅ……すぅ……』  テーブルの上に長い長い契約書を出したままメリスは夢の世界の住人と化した── 「ふぅ……完璧と言わざるを得ない接客だったな──契約書は隠しておこう」
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