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あれから数ヶ月───
『きくりぃん。いい加減飲ませてよぉ』
「だめだ。これでも飲んでおけ」
『牛の乳……』
「言っておくが高級な牛の乳だ」
『うう……っていうかそろそろ契約書返してくれませんか?』
「それもダメだ」
『ぴえん』
未知のウイルスも落ち着きホストクラブは何とか営業を再開した。
あの日からサキュバスのメリスは僕の家に住み着いている。僕がいつまでたっても契約をしないから悪魔界に帰れないのだ。まぁ帰すつもりは毛頭ない。
悪魔知識が全く無い僕はステイホーム期間にサキュバスという悪魔について色々と勉強をした。どうやら男性を誘惑する女淫魔という悪魔の一種で願いを叶える代わりに行為を迫ってくるらしく、その行為を繰り返すと契約者は死んでしまうという。
願いを叶えてもらっても死んでしまっては意味がない。
とんでもない悪魔を僕は召喚してしまったがメリスのパワーは本物。
僕の命が尽きるまで彼女には傍に居てもらおうと考えている。
『こんなの生殺しよ! いい加減に抱かせて!』
「ダメだ! 枕営業は俺のポリシーに反する!」
『ホストなんかしなくたって私が居れば一生食うに困らないのに! 仕事と私どっちが大切なのよ!?』
あれ? 契約を忘れていないか? それはそれで好都合だが……
それにしても、悪魔も人間と同じでヤキモチという感情を抱くらしい。僕に対して人間みたいな台詞を言い放ってきた。
「メリス──僕はね、僕の力で稼いだお金で君を幸せにしたいんだ。わかってくれるかい? お金を貯めて二人で南の島で暮らそう」
メリスの顎に指を乗せ紫色の瞳をじっと見つめる。僕の熱い視線に耐えきれずメリスは目を逸らした。
『はうう。そんなの叶えてあげるのに……』
「僕の力で、叶えたいんだ」
『わかったよぅ』
「ふふ、イイコだね。そうだ──また掲示板に悪口が書かれているんだ。消しておいてくれるかい?」
『お安い御用でしゅ……』
「ありがとう──それじゃあ行ってくるね」
メリスに行ってきますのキスをする。
両頬に添えた手を上にずらし彼女の頭に生えている二本の角を優しく撫でた。
『あうう~そこはダメだってぇ』
「ふふ、それじゃあ留守を頼んだよ」
『行ってらしゃいぃ』
尻尾を揺らし見送る彼女に背を向けて僕は玄関を出た。向かう場所はネオン街。
「ご指名ありがとうございます──二階堂菊政です。お隣よろしいですか?」
「は、はい──」
ニッコリ微笑み目を見つめる。
「ああっ、そんなに見つめないで下さい」
「どうして? せっかくオシャレをして会いに来てくれたんだから目に焼きつけておきたんだ」
「菊政さんに微笑まれると妊娠するって噂ですよ」
今日、書かれていた悪口だ。
初めて指名するホストの情報をネットで調べるのは普通のことだ。今日、会いに来てくれたこの女性も指名する僕がどんな人間かを調べてきたのだろう。
「はははっ! そんな噂が流れているのかい? さすがにそれはないよ」
「で、ですよねぇ。“悪魔の微笑み”だなんて書いてる人もいましたよ。悪口なのか褒めてるのかわかりませんよね」
「───本当だね。それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「菊政さん、心が広いんですね。あ、お金下ろしてきたんでシャンパンタワー入れてもいいですか?」
「よろこんで──姫からシャンパンいただきましたぁ! タワーの準備をお願いします!」
「「ありがとうございまぁす!」」
店中のホストが僕のテーブルに集まり準備を始める。そのシャンパンタワーに注がれる黄金色の滝を見つめていたら女性が話し掛けてきた。
「菊政さんはお店が休業中に何かはじめた事とかありますか?」
「────悪魔との共同生活」
「え?」
「なんてね、犬を飼いはじめました。まだ子どもでヤンチャばっかりするんですよ」
「え~! 子犬ですか!? いいですね! 写真見たいなぁ」
「あとで見せてあげるよ──あ、注ぎ終わったみたい」
ホストたちのマイクパフォーマンスが一斉に始まりシャンパンコールが店中に響き渡る──
大音量が流れているその隙に後輩のホストに耳打ちをした。
「我伊亞、俺のスマホに子犬の写真送っておいてくれないか?」
「子犬っすか?」
「ああ──なるべくどこにでもいそうな子犬の写真で頼むよ。よろしく」
「了解っす」
「菊政さん?」
「──ああ、ごめんね。今日は本当にありがとう。君と一緒にこの景色を見られて僕は幸せ者だ」
「菊政さぁん……」
人間も悪魔も一度落ちたら僕の虜だ──
悪魔との共同生活も悪くない。
END
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