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椅子に座り祖父の顔を覗き込む。
88歳、綺麗な白髪頭の祖父。
「心臓が弱くてねぇ、、」っと言いながら眠っている祖父を見つめる。
祖父母は明治から続く小さな旅館を営んでいた。
と言っても、最近は娘である明美や近所のおばさん達に任せ、ほとんど隠居状態だ。
今朝、朝食を済ませた後に発作が起こり救急搬送された。
「お爺ちゃん、、しっかりして!」琴美が声をかけると弱々しかった心電図が少し強くなった。
「やっぱ姉ちゃんの声に反応するんだな。。」っと和喜は苦笑いした。
しばらく藁をもすがる思いで呼びかけ続ける、、必死に涙を堪え祖父の手を握りながら、、、
心臓の鼓動が強くなる。
「こ、、と、、み、、、」
薄らと目を開け、弱々しい声が漏れた。
「父さん!爺ちゃん起きた!!!」和喜が駆けて行く。
「お爺ちゃん、、良かった。。」薄らと目を開けた藤三朗の姿に祖母も琴美もホッと胸を撫で下ろした。
「心配かけたな。。」っと言いながら、嬉しさに涙ぐむ琴美を撫でる祖父の手は、いつも以上に温かく感じた。
主治医から、「これなら大丈夫だ」と診断をいただき、祖母と母が入れ替わり、琴美達は実家へと向かう。
雪の中、車窓は次第に険しい山道になっていく、そんな中「なぁ、ばあちゃん旅館辞めるってホンマけ?」不意に和喜が発した言葉に琴美は動揺した。
世界遺産や、民謡を楽しみに来てくれるお客さんで賑わっている、、、って聞いていたからだ、、それでも、、経営苦しかったのかな、、っと心が騒つく。
「明美1人で大変だし、、それに、、保存会の人も忙しいしなかなか舞台も出来なくなってね。。」
年齢もあり、表舞台からは退いている藤三朗だったが、毎週土曜日に旅館で行われていた定期公演には欠かさず出演していた。
最近は、「力が入らないから」っと三味線ではなく、胡弓を弾いている事が多かったようだ。
保存会自体も高齢化が進み、担い手は少なくなっている。
「和喜、今三味線は誰が弾いてるの?」少し引っかかる事があったのか、琴美は和喜に質問をした。
「俺もいいがに知らんけど、舞台で一緒になる時は、山田のおっちゃんだけやよ。剛志くんやろ?なんか知らんけど、嫌気さしたって言うて辞めたんやぜ、、、」
琴美の同期、、一緒に日本一を取った仲間、和田剛志 藤三朗、最後の弟子だった。
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