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 人生で、これが五度目の卒業式だ。  三月某日、柚原万優は本校の講堂から、ほかの学生に紛れ外へと歩き出た。 「万優、これから打ち上げ行くけど、どうする?」  隣を歩く真西悠太郎が首を傾げながら聞く。 「いや……ごめん。人、待たせてるから」  万優がバツの悪そうな顔をする。 「そっか。もしかして……?」  悠太郎の問いに、万優は視線を外して、頷いた。 「万優さーん」  悠太郎と万優の間に入ってきた声は、二人分の足音と共に近づいてくる。 「なんか面倒そうなの来たぞ」  悠太郎がその姿を見て笑う。 「……だね」  万優も苦笑いで返すと、声の主が二人のところへ辿り着いた。 「卒業おめでとうございます!」 「あ、ありがとう、蓮くん……」 「今日は、彼氏さんは?」  蓮の隣で風吹が飄々と言ってのける。 「か、彼氏ってねぇ……空なら多分、外に」 「迎えに来てくれてるんですか? うわー、いいなー。優しいですね」  蓮が嬉しそうに言う。が、その音量が大きすぎて、あたりの学生に聞こえてるのではないかとそわそわしながら万優は頷いた。  その様子に、悠太郎が笑いながら助け舟を出す。 「いいのか、二人とも。こんなトコで油売ってたら、また教官につけこまれるぞ」  悠太郎は、四月から観光会社に就職が決まっている。遊覧飛行セスナのパイロットになるのだ。  悠太郎らしい選択だと思った。 「あ、次実習だった。遅刻したら、鬼になるんだよ、あの教官」  風吹が思い出したように言う。  卒業式といえど、他の学生は普通に講義を行っている。特に、もうすぐチェックなので切羽詰っているはずなのだ。 「もう戻ったほうがいいよ。わざわざありがと、二人とも」  万優の言葉に、二人は揃って手を振って校舎に戻っていった。 「……後輩にも恵まれてたな、俺たち」  その様子を眺めながら悠太郎が呟いた。 「最初はどうなるかと思ったけどね」 「確かに」  二人、目を合わせて笑いあう。 「じゃあ、そろそろ行くよ。今度また連絡して」 「万優も、連絡しろよ」 「勿論」  万優は笑って答えた。  今日、卒業式に来た万優だが、実は三月の頭から既に訓練が始まっていたので、こうして悠太郎に会うのも久しぶりだった。  じゃあ、と言って校門前で悠太郎と別れ、万優は一人歩き始めた。  そして、少し進んだところで、その人が待っていた。  ハザードを点けた黒のスポーツカーの傍に腕を組み車体に体を預けた長身の男。  万優はその姿を見つけ駆け寄った。 「卒業おめでとう」  優しい恋人は、開口一番に笑顔で言った。 「ありがと」  その微笑に万優は素直にそう返す。 「乗って。根城に案内するよ」  大河空は、助手席のドアを開け、万優に笑いかけた。  万優は言われるがままシートに滑り込む。外側からドアが閉められ、空がぐるりと運転席に廻り同じように乗り込んだ。 「……車、買ったんだ」 「ああ。通勤に便利かと思って」  空とこうしてゆっくり会うのは久しぶりだった。万優は『決心』がつかずホテル暮らしを二週間ほど続けていた。  『そのこと』は卒業式の後からにしよう、と結論がついたのはごく最近のことだった。 「でも嬉しいよ。逢える時間が増えて」  空は前を見つめたまま言った。 「ごめんね……迷ったりして」 「いや、実際忙しかったし、急な話だったし、考える暇なかったもんな」  現在、空も万優も飛行訓練中である。空は卒業と同時に日本の三大航空会社の中でも最大手のJA社に入社した。どこの航空会社もそうだが、学校を出たからといってすぐにエアラインに乗れるかといったら否である。少なくとも半年、各社規定の訓練を受けてからようやく副操縦士として乗る事を許されるのだ。  ちょうど空は訓練の折り返し地点に居た。 「昨日、荷物届いてたよ。部屋に入れておいた」 「ありがと……ねぇ、空」 「何?」 「ホントにいいの……? 俺の方が給料少ないし、家賃まともに払えるかどうか……」 「いいよ。一緒に居たいんだ」  万優は、空の言葉にその横顔を見つめた。穏やかな、万優にだけ見せる顔。それがとても愛しくて万優は思わず手を伸ばしかける。  運転中だということを思い出し、指先をぎゅっと握り締めた。
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