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6
翌朝は、早くに起き出して、電車で出勤した。空に会わせる顔がなかった。
よく考えたら、理不尽な理由で怒鳴ったと思う。空は深春の気持ちを知らない。
よしんば気がついたとしても、それを万優が知っているなどとは思わないはずだ。
「……情けねぇな……」
電車の窓に映る自分に、ため息を吹きかけた。
「万優……?」
ちょうど同じ頃のマンションには、タイを締めながらリビングに出てきた空が万優の姿を探していた。
リビングを越えて、万優の部屋のドアをノックする。押し開けると、そこには静寂だけが佇んでいた。
「……もう出たのか……?」
しん、と静まる家の中。洗面所やバスルームからも生活音はしない。
空は、握っていたドアノブを引いて、ドアを閉めた。
ため息と共にソファへ座り込む。
万優と出勤する、最近はその車の中が唯一の二人の時間になっていた。
互いのことを話し、じゃれ合い、降りる間際には、影に隠れるようにキスをした。
今日も一日頑張ろう、と、そんなふうに。
ここへ誰かを呼んだのは昨日が初めてだった。いや、昨日の場合正しくは押しかけられたのだ。でも、従妹じゃないか。親戚だ。
キスを拒まれるほどのことはしていない。
「はあ……」
それを考えると、またため息が出た。
ぶっちゃけて言えば、ずしん、と来た。会いたくて、たまらなかった学生時代。その顔を見た瞬間押し倒してしまいそうなのを抑えて交わしたキスは今でも思い出せる。ゆっくりと吸い付くような万優の唇は、好きだとそれだけで感じることが出来た。同じ空間で生活するようになった今だって変わらない。だから、キスしたい。
抱き合う時間がないのなら、せめてキスがしたいんだ。
なのに……
空は、そこまで考えてからゆっくりと時計を見やった。もう、出かけなくてはいけない。
重い腰を持ち上げ、立ち上がると空は車のキーを手に取った。
体中が、重かった。
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