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「なんや、万優……今日、疲れてへん?」
昼の食堂で、映は不意にそんなことを言った。
「別に。いつもですが」
「せやなくて、今日は特に。顔色、良くないし……昨日、俺、付き合わせすぎた?」
「ううん。楽しかったよ」
万優は笑顔を作ってかぶりを振った。
「そんなら、なんかあった?」
「あー……今日、電車で来たからかな」
「え、空くんに送ってもらっとるんちゃうの?」
「うん、今日からしばらくは電車」
「そっかあ。もう五月やしな……実機訓練も佳境ってトコやもんな。万優のことやから、迷惑かかるから、とかなんとか言うて自分から電車に切り替えたんとちゃう?」
映が得意気に眉を上げて聞く。あながち、間違いとは言えない。
「……まあ、そんなトコかな」
「ほらな。やっぱりや。やったら、優しい映くんが迎えに行ったるよ」
「え……いいよ、遠回りだろ」
「たかが何十分や」
「朝の何十分は貴重だよ」
「かまへん。帰りも送ったるよ。どうせ、上がりは一緒なんやし」
申し出は有り難いが、それこそ本当に迷惑をかけるというものである。万優のつまらない意地に付き合わせるわけにはいかない。
「ホントに大丈夫だから……」
「せやったら、その顔が元に戻るまでで、どや?」
「元っ……て?」
「特に疲れた顔が、いつもの疲れた顔に戻るまで」
笑って映は万優の顔を指差した。
「……わかったよ。そのかわり、しんどいようだったら、必ず言って。俺も映の特に疲れた顔なんか見たくない」
「おおきに。俺なら大丈夫や」
にい、と笑顔を作る映につられ、万優も笑顔になる。
本当に、この人が居て良かったと心底思った。きっと一人なら今の状況を乗り越えるなんてできない。
出勤方法どうこうじゃなくて、精神的にどこまでも落ち込んでいただろう。
根から明るい友人に出会えたことに、感謝したい気持ちだった。
その日、部屋に帰っても空は居なかった。きっと今日も遅いのだろう。
万優は、風呂と食事を終えると、すぐに部屋へと篭った。
ベッドへ潜り込んだ頃、明かりの点く音と、ドアの開く音がしたが、起き出す気はなかった。その必要もない。
そうしている内に自分の部屋のドアを音もなく静かに開けられた。けれど万優は頭からすっぽり布団を被ったまま何の反応もしなかった。
小さく「おやすみ」と、聴こえた気がした。
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