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 マーシャラーが直進の合図を送る。そして、停止。  訓練機は静かに、その羽根を休めた。  コックピットでは、空がその操縦桿をゆっくりと離した。白い手袋を指先を摘むようにして外す。 「よし、今日の訓練は終了」  教官の声が響き、訓練生が機体の傍に付けられたタラップを降りていく。空もそれに紛れて、地上へ降り立った。  午後八時。今日は珍しく、この後の机上訓練はない。  早く帰れそうだ。そう思って、空はポケットの中に入っているスマホの電源を入れた。    万優と話がしたいと思った。電話でもいい、話がしたい。万優の声がただ聞きたかった。あれからもう三日、経っていた。  電話帳を開いた瞬間だった。  画面に着信の文字が浮かぶ。  空は軽く舌打ちしてから、通話ボタンに触れた。 「もしもし」 『あ、空。私』  従妹の声だ。最近、何かと話す機会が多い。 「何か用か?」 『えっと……用ってわけじゃ……それよりどうしたの? 何か声、暗い』 「いつも通りだろ」  空は、空港内を渡りながら答えた。できるだけ早く切りたい。早く万優に電話をしたかった。 『じゃあ、ぱーっと、呑まない?』 「そんな気分じゃないな」 『だったら、また、空の部屋で静かに呑む?』  ――……深春さんとは、よく会うの? こんな風に、俺の居ないところで――  不意に、万優の言葉が脳裏を過ぎる。これ以上、追い詰めるようなことは出来ない。 「いや……もう、家は……」  誰も招きたくないんだ、と繋ごうとした。けれど、かぶさる様に深春の声が響いた。 『万優くんが怒るから?』 「……え?」 『なんか迷惑そうだったでしょ、この間。他人が家に入るの、嫌なのかなって思って』 「まさか……。とにかく今日は無理だ」  空はそう言って一方的に電話を切った。  まさか、そんな理由で機嫌が悪いのか。 そんな理由でキスを拒み、触ることすら拒絶したのか。万優に限って、ありえない。  でも、他に理由が見つからない。思い当たらない。  ――電話じゃダメだ。  空は、そう思い立つとすぐに帰路に着いた。  ゆっくり、万優の目を見て話を聞こう。万優は、口では言わなくても、目が語る。本当のことを、その目がきっと話してくれる。  だから、会いたい。早く。    空は、車を走らせた。法定速度など構っている場合ではない。  おかげで、いつもより十分ほど早くマンションに着いた。駐車場へ車を入れて、集合玄関へと早足で向う。  そこで、足を止めた。  いつか見た、赤のクーペ。助手席には、万優。しばらく見ていないその笑顔。軽く、運転席の男が万優の肩に触れる。  身をよじって笑いながらその手を避ける……愛しい恋人。  ――なんだ……この感情は。  腹の奥で、何かが軋んで、ヒビが入って、ぼん、と音を立てて……流れ出す、感情だった。溶岩流のように、どろりと熱く全身に広がっていくそれを止められるわけがなかった。
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