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 自宅に着いてから、十分。明日の訓練日程の確認から、他愛もない話に発展してしまい、そのまま車の中で話していた。  映の話は楽しい。話題にも事欠かない。  今の万優には有り難い時間だった。 「せやなくて、ほんまやて」 「冗談でしょ、教官だって……」  万優がそこまで言葉にすると、車の窓をコンコン、とノックする音が響いた。 「……空くんや」  すっ、と映の笑顔が消え、万優の後方に視線が移る。  そして、手元のボタンでロックを解除した。 「映くん……だったよね」  ドアを開けると、空は笑顔でそう言った。  映は頷いて言葉を繋げた。 「久しぶりやね」 「悪いね。万優、送ってくれたんだ」 「まあ、ちょい寄り道するだけやから。あ、ほなな、万優」 「あ、うん……ありがと」  万優は慌てて荷物を抱えて車を降りた。  二人は、そのまま映の車を見送った。  そっと、空を見上げると今まで作っていた笑顔が消える瞬間だった。  目が合うと、何も言わずに万優の手首を掴んで、空が歩き出した。 「痛いよ、空」  手首がきつく締め上げられて、脈打つ。  玄関を上がり、リビングに着くとそのままソファに乱暴に投げ飛ばされた。 「……痛っ! ……空……?」  明かりのない部屋。窓から差し込む街の明かりだけが、部屋を灯す。  陰になった空の表情は読めなかった。 「……何なんだよ、お前」  いつもより、オクターブ以上低い声が万優に降りかかる。  ぞ、と全身の肌が緊張した。 「何、が?」 「とぼけんな!」  体の上、馬乗りになられたことと、その声に体が一瞬震えた。 「……アイツがいいのか?」  ゆらりと、空の前髪が揺れた。掴まれた腕に、指先が食い込んでいく。 「映は友達だ。前にもそう言った」 「友達なら、いいのか? 毎朝一緒に出勤して、一緒に訓練して、一緒に帰宅してもいいのか? 恋人放って一日べったりでいいのかよ!」 「何、言ってんだよ! 訓練日程が一緒なんだ、一日一緒なのは当たり前だろ? そりゃ、朝は必要ないかもしれないけど……でも、それは映が俺のことを心配してくれたから……」 「心配……? 下心じゃねぇの?」 「空! いくら空でも、友達を侮辱するなんて、許さないよ」 「許されなくていい。お前が、居れば……何だっていい」  空は、そのまま万優の唇を塞いだ。  息も出来ないほどの激しいキス。喉の奥まで届きそうなほど、舌先で蹂躙される。 「んぐっ…」 「万優は、俺のものだ。誰にも触らせない、渡さない」  空は言うと、万優のカットソーの裾から手を差し入れた。  同時にベルトを外し、足先でパンツを足首まで下ろす。 「やっ……空、ヤダっ……」  暴れてみるも、力の差を見せ付けられ押さえ込まれる。胸の突起を指の腹でこねられ、 唇で弄ばれ、軽く噛まれる。  けれど、感じるのは痛みと恐怖だけで、いつも感じる気持ちよさなどひとつもなかった。 「やだ……やめてよ、空……」  先走りすらない、乾いたままの場所に空の硬くなった情熱が押し当たる。怖くて震えながら空を見上げる。そこには獰猛な獣がいるだけだった。いつもの優しい空はどこにもいない。 「やっ、やだ! 絶対嫌だ!」  万優の懇願なんて、無駄だった。  無理矢理に受け入れさせられたそこは、声にならない悲鳴をあげた。  何度揺すられても、感じるのは痛みだけ。零れるのは、涙と赤い血液。  怖かった。本気で。  ただ、それだけだった。  頭から、温かい優しい雨が降る。  体を引き摺るように入り込んだバスルームでシャワーを浴びる。座り込んだまま、体の奥でまだ疼く痛みに耐えるのが精一杯だった。  白濁と共に薄紅く染まった湯が排水溝へ渦を巻いて引き込まれていくのをただぼんやりと眺めていた万優は、何も考えられなかった。 「ごめん……万優、ごめん……もう二度とこんなことしないから……」  万優がバスルームに篭ってから、我に返った空はその前でただ頭を下げ、先の言葉を繰り返していた。  けれどもう、誰がその言葉を受け入れられるだろう。 「……信じない」  ガラ、とドアを開けて万優が言い放った。  バスローブを着込み、自室へ入る。  空は、その後を追い、今度は万優の部屋の前に佇んだ。  暫くして、部屋を出た万優はきっちりと上着まで着込み、手には小さな荷物を抱えていた。  出ていくしかないと思った。このまま空の言葉を信じてその腕に納まることなど考えられない。 「万優……まさか……」  言葉には答えず、万優は玄関へ直進する。 「待てよ、万優」  玄関で、一度立ち止まり、万優は空の目を見上げた。 「……最低だ」  言って、ドアを開け出ていった。  ――最低だ。空も、自分も。   言葉を遣える高等動物のはずなのに、話をすることもなくこうして別々になってしまうなんて。 「……さいてい、だよ……」  初夏の風が、万優の頬から滴を吹き運んでいった。
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