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妙な静寂が、その部屋を包んでいた。コーヒーメーカーが動く音だけが響いている。
「空、コーヒーなんかいいから、座れ」
鋭い虎珀の声が響く。
「――俺が飲みたいんだよ」
答えて、空は三つのカップに温かな液体を注いだ。急かされるだろうとは分かっていた。確かにこれは落ち着いてもらうための時間稼ぎだ。
リビングの中央のテーブルに二つカップを置くと、空はダイニングの椅子に落ち着いた。
虎珀は三人掛けソファに、深春は一人掛けの方にそれぞれ座っている。
「まず、説明しろよ。聞けるだけの冷静さはあるから」
冷たい氷のような虎珀の声。けれど、確かに、言っているだけの冷静さは持っているようだ。
「説明か。それは、こっちがして欲しいくらいなんだが」
「へぇ……ヒトの彼女、部屋に連れ込んでおいて、その態度」
蔑むような視線と、頷きが空に向けられる。
「人聞きが悪いな。連れ込んだりしてないし、第一、深春は親戚だ。ここを訪ねて不自然な間柄じゃない」
「おまっ……!」
「虎珀! 私から、話す」
立ち上がろうとした虎珀を片手で制して、深春が言葉にした。
「深春はいい。男同士の話だ」
「そうじゃないの。押しかけたのは私なの。空に、夕食を作ろうと思って」
深春は、自然とダイニングテーブルに載ったままのスーパーの袋に視線を移した。
「夕食?」
「うん。今、万優くん居ないから」
「……深春。話が見えない。どうして、今万優が出てくるんだよ」
本当に困惑しているんだろう。眉を寄せて、深春を見詰めている。一方の深春は、言いあぐねて、そっと空を仰いだ。
「――一緒に暮らしてるんだ」
空がぽつりと答えた。
「流行のルームシェアか。それと、夕飯なんか関係ないだろ。二人とも大人なんだ。てめぇで作って喰ってんだろ」
「それは……」
深春は、答えようとして言葉を止め、唇を噛んだ。二人の関係を自分の口から告げる権利はないと思ってくれているようだ。
空は、ただ真っ直ぐ見詰めてくる虎珀の視線を外すと、小さく息をした。
少しの間、逡巡する。
「……恋愛をする仲、だからだ。メシは、アイツがいつも、作ってくれる」
「冗談も大概にしろよ。そんな適当なこと言って、俺の意識を逸らそうったって、無駄だ。他の奴は知らねぇけど、あんなメに遭ってる万優が、男のお前と、そうなるわけないだろ?」
虎珀が言い切って、鼻から息を吐く。
万優は、学生の頃上級生たちに襲われかけている。それを救ったのが空で、その後から少しずつ心を溶かすように歩み寄ってきたのだ。
虎珀は、襲われた事実しか知らない。
その意見は、尤もだった。
「冗談で言えると思うか?」
「……じゃあ、万優をここに連れて来いよ。アイツが認めたら、信じてやってもいい」
虎珀の鋭い視線が、余裕の笑みに柔らかく変化する。
空は、その言葉に躊躇しながらも、仕方なくスマホを取り出した。
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