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「今日も、ホテル泊まるん? 万優」
「うん。まだ今日の分は取ってないけどね」
「やったら、ウチ、来いよ」
「拙いって言ったの、映だよ。いいの?」
オフィスを出て、駐車場の前で待ち合わせるのが二人のここのところの日課だった。今も、丁度映の愛車の前に辿り着いたところだ。
「それは、一日くらいやったらって意味。けど、もう三日目やし。狭いアパートやけど」
「……ホントに?」
「なんで、帰りたくないのか、話してくれたらな」
「それは……」
痴話喧嘩の域を超えたから、なんて言える筈なく、万優は助手席のシートベルトを握って、しばらく考えた。ゆっくりと、車が動き出す。
「……殴られたんだよ。ボコボコに。俺と、空じゃ体格違いすぎて、ケンカにならないんだ」
「なるほどな。万優、チビやもんな」
「ち、チビじゃないと、思う、けど」
「百七十、ある?」
「……百六十九、だけど……」
「俺、百七十八。空くんの方が高いよな」
「……百八十は、ある」
「まあ、その差ならしゃーないな。マジ喧嘩したら、負けるな」
映は、うんうん、と頷きながらハンドルを右に切った。広い国道へと合流する。
「まあ、冷却期間置くのもあり、やろな」
「そういうことだね」
結論がついたところで、二人は映の家へと向った。
けれど、そこに万優のスマホの着信が響いた。画面を見て、万優が固まる。
「はよ、出ろ。煩い」
「……空、だ」
「え?」
映が、そっと左にハンドルを切った。路肩に寄せてハザードを点ける。
「切るなよ」
映が言い放つ。万優は、その目を見て、強張った表情を向けた。
「俺……」
「いい機会やろ。話、した方がええんとちゃう?」
言われて、万優は震える指先で通話ボタンを押した。
『万優』
「……うん」
『話、あるんだけど……帰って来れるか?』
「……ヤダよ。帰らない」
頑ななその言葉に、隣の映がため息をつく。そうしてから、万優の手の中のスマホを掠め取った。
「もしもし、空くん。映やけど」
『ああ……この間は……』
静かな車内に空の声が漏れ聞こえる。少し焦ったような声は、きっと映が突然電話口に出たからだろう。
「うん。あのな、万優、これからそっち連れてくから、心配せんでええよ。あと……三十分かからないで着くと思う」
『ああ。わかった。ありがとう』
穏やかないつもの声だった。それを聞いて、万優は不機嫌に窓の外を見やる。夜の窓には最低な顔をしている自分が映っていた。
「――これ以上、友達の辛そうな顔見てるのも、しんどいんや」
『そっか……』
「ん。―ほな、後で」
映は軽くそう言うと、電話を切って万優に返した。
「映、勝手に話進めないでよ」
「こうでもせんと、万優いつまでも話そうとしないやん。せっかく言葉っちゅう便利なもん使えるんやから、活用せな」
「けど……」
眉を寄せて晶を見やると、その顔が優しく笑む。
「空くん、心配そうな声しとった。後悔してるんや、万優に辛くあたったこと」
「……そう、かな」
「そうや。わかったら、出すで」
「うん」
車は、そっと車線に戻ると空のマンションを目指して走り始めた。
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