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第59話 着ぐるみ士、事件を聞く
謁見の間の空気が、一気に張り詰めたものになる。全員が真剣な表情をする中、シグヴァルドが重々しく口を開いた。
「昨夜のことです。自治区外周の森に、魔王軍の魔物が一体、配下のものを連れて侵入いたしました。『門番』がもちろん対応いたしましたが、城下町の衛兵が到着するまで耐え抜いていた、とのことでございます」
彼の説明に、俺もギュードリンも目を見開いた。
「門番」の実力に関しては先程にギュードリンから聞いている。実体がなく、いくらでも増えて、魔法攻撃を次々に繰り出してくる機構。それを耐えしのぐとは、いくら魔王軍の魔物とて並大抵ではない。
「『門番』の攻撃から生き延びていた、ですか……?」
「なかなかの手練だね……名前はわかっているのかい?」
俺の言葉にうなずきながらギュードリンが問うと、シグヴァルドは目を数度またたかせながらうなずいた。
「はい、お母様。『血華』のアルビダの直属の配下、『黒き血』のアウフステュス」
「へえ……そいつは」
そうして発せられた魔物の名前を聞いて、目を細めるギュードリンだ。
俺もその言葉を聞いて目を大きく見開く。「黒き血」のアウフステュス。後虎院の一員でこそ無いが、その配下の一人として有名な魔物だ。
「アウフステュス、って、『闇の奏者』ドロテーアに並ぶくらいと言われる、不死身の持ち主じゃないですか?」
「そうです。『門番』がいずれも実体を持たない存在なので吸血は効果を成しませんが、MPを吸収してなんとか生きながらえていたようですね」
俺がシグヴァルドに問いかけると、彼は腕を組みながら難しい顔をした。
アウフステュスは吸血鬼で、アルビダの息子とも言われている。その吸血はあらゆる生命から生命力を吸収し、そのしぶとさは母譲りだとも。
そんな存在が襲ってきて、「門番」の力だけで相応に追い詰めたというのもすごい話だが、殺せなかったというのも恐ろしい話だ。
「伯父さん、その人は、もう死んだの?」
リーアが心配そうにシグヴァルドに問う。問いかけを聞いて、自分の姪へとシグヴァルドが優しい口調で答えた。
「はい、衛兵も動いて総掛かりで仕留めました。城下町の冒険者ギルドを通して、人間界の他の国々にも通達をしています」
「ほっ……よかった」
その言葉を聞いてホッと胸をなでおろすリーアだ。
ギュードリン自治区にも冒険者ギルドは存在し、人間界の他の国々と同じ仕組みで冒険者が登録され、依頼が発行されている。なんなら国家認定勇者の仕組みもちゃんとあって、マルヨレインという首刈り兎が勇者になっていたはずだ。
なので伝書鷹とか物見鳥とかもいて、各国の冒険者ギルドや王城と連絡を取り合っている。彼女たちが魔王軍の魔物を討伐したら、連絡はしっかりと行くのだ。
魔王軍の重要な魔物を殺した。それは事実なのだが、ギュードリンが難しい顔をして首を左右に振る。
「いいやリーア、油断は禁物だよ」
「えっ?」
「チィ?」
その言葉にキョトンとするリーアとティルザだ。彼女たちは幼いから、知らないのも無理はないだろう。
俺が言い聞かせるように、二人に説明をする。
「魔王軍は後虎院を除けば後からいくらでも補充ができるような存在だけれど、後虎院の面々にとって直属の配下が殺される、ということは大事だ。アルビダが直接、動き出さないとも限らない」
「だろうな。アウフステュスはアルビダの信頼も厚い、かなり可愛がっていた部下だと聞いている。それを同じ魔物に……ギュードリン様の配下に殺されたとあっては、面目も立つまい」
俺の言葉のあとを継ぐように、アンブロースもため息をつきながら言った。
魔王軍の魔物と言っても、魔物は世界から次々に生まれてくるから顧みる必要がない。とはいっても後虎院の面々の直属の部下を殺されて、上司の後虎院が憤慨しないわけはない。
ギュードリンが険しい表情をしながら腕組みしつつ言った。
「そう。遅かれ早かれ、アルビダはうちに攻め込んでくるだろうね。下手をしたら『門番』の守りも突破されるかもしれない」
「えぇっ、あの守りをですか」
その言葉に俺は思わず声を上げた。「門番」の守りを突破してくるとあっては大変だ。この城下町にも獄王の軍勢が迫ってくるかもしれない。
不安そうな表情をしながら、リーアがギュードリンへと問いかける。
「どうするの、おばあちゃん?」
彼女の心配そうな言葉に、すぐさまギュードリンはうなずいてみせた。リーアの頭に手を置きながら、にっこりと笑う。
「決まっているさ。殺しに来るってんなら殺し返す。私たちは魔物であっても、人間界に与する生き物なんだ。魔王軍は私たちの敵だ」
きっぱりとそう話したギュードリンに、リーアがホッとしたような表情を見せた。
魔物の楽園とはいっても、ギュードリン自治区は人間界にある国なのだ。この地に住む魔物はいずれも獄王を嫌って魔王領を離れたものばかり。敵だとトップが断じたのなら、容赦する必要はない。
シグヴァルドも大きくうなずきながら口を開いた。
「既にマルヨレイン殿のパーティーには連絡をしてあります。明後日までには自治区にお戻りになるでしょう」
「そうか。間に合うといいんだけど」
彼の言葉にギュードリンが鼻を鳴らした。確かに明後日となると、アルビダが電撃的に素早く攻め込んでくる可能性が残る。出来れば国家認定勇者と一緒に仕事をしたいが、出来なかった場合のことも考えなくてはいけない。
そこで、ギュードリンが俺の方を向いた。いつになく真剣な表情をしながら、彼女がうっすらと笑みを浮かべつつ話す。
「で、そういうわけなんだジュリオ君。巻き込む形になっちゃって申し訳ないけれど、アルビダが攻め込んできたら、君たちにも手伝いをお願いしたい」
「冒険者の人数は多いほうがいいですからね。ジュリオ殿の実力ならなんとかなるやもしれません。お力添えをいただければ幸いです」
シグヴァルドも一緒になって、うなずきながら口を開いた。
なるほど、確かに魔王軍の一員を倒すということはとても大きな事件だ。後虎院の所属者のみならず、一般の魔王軍の魔物であっても数は大きくない、すぐさまに殺しに行けるのなら、それはいいことだ。
俺の隣に立っていたアンブロースが、俺のローブの裾をかみながら言った。
「ジュリオ、これはチャンスだと思うぞ」
「そうだよね、後虎院って魔王軍の偉い人なんでしょ? 倒せたらジュリオも有名になれるよ!」
リーアも一緒になって俺の肩に顎を乗せてくる。気楽なものだ。だが、それだけ気楽になるだけの要因も、間違いなくあるということだ。
こくりとうなずきながら、俺はきっぱりと話をする。
「そうですね。ギュードリン自治区の魔物のみなさんがたくさんいる、この状況は非常に心強いです。俺にも、お手伝いさせてください」
「ありがとう、助かるよ」
俺の回答を聞いたギュードリンが、満足したようにうなずいた。
これは大きな戦いだ。人間はほとんどいないだろうが、たくさんの魔物が入り乱れるように戦うのだろう。俺自身の居場所を見過ごすわけには行かない。
話がまとまったところで、シグヴァルドがギュードリン相手に口を開いた。
「つきましては、早急にジュリオ殿のパーティーを『群れ』と認める必要がありますね。お母様、よろしくお願いいたします」
「ああ、分かってる」
その言葉を聞いてギュードリンが大きくうなずいた。
これから、とても大きな戦いが始まるのだ。簡単に取りかかれるようなものでもない。何しろ後虎院の一人、魔王軍の中でも強い力を持つ面々の一人なのだ。
そのまま俺は、ギュードリンとシグヴァルドと作戦会議を含めて話し合う。あーでもない、こーでもないと聞き分ける俺たちを遠巻きに見ながら、俺の方を向いた衛兵が不思議そうに眉を乗せた。
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