第64話 着ぐるみ士、斃す

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第64話 着ぐるみ士、斃す

 手短にシェルトから彼の考えた作戦を話してもらい、俺は小さく唸った。 「……なるほど」  話を聞いて、俺は素直に感心した。非常に理に適っているし、こうでもしないとアルビダを殺すことは出来ない、というのも分かる。  問題は、その作戦が無茶苦茶だ(・・・・・)という、ただその一点だ。 「理屈は分かったけど……シェルトさん、それ、本当に出来るの?」  一緒に話を聞いていたリーアも、既に気が立っていて身体から雷を放出しているアンブロースも、揃って頭に疑問符を浮かべていた。  それくらい、シェルトの話した作戦は無茶だった。無茶だったけれど、そうするしか手段が無い……と言うより、そうでもしないとここで殺せない、と言うのも、大いに理解していた。 「全くだ。荒唐無稽(こうとうむけい)と言うより他はない。だが……やるしかないのだろう?」 「はい」  呆れ顔で話すアンブロースに、シェルトはすぐさまうなずいた。彼の中でも、これが最善だ、という点は揺るぎないらしい。 「アルビダ・ヘーフェルスの創界は自身の身体を分かち(・・・)、分かたれた半身を入れ替えながら(・・・・・・・)戦うためのもの。これを攻略するためには、界の中に潜んだ身とこちら側にいる身、両方を滅ぼさないといけません」  改めて説明しながら、シェルトは両手の人差し指を立てつつ腕を交差させた。  アルビダの『界』は、いわゆる『分身(ぶんしん)の界』。自分の身体を二つに分けて、一つを『界』の中に隠してもう一つを表に出して戦うのだ。  一人が二人になることで、HP(体力)MP(魔法力)が半減するなどステータスに制約はかかるが、一方が倒される前に『界』を開いて身体を入れ替え、入れ替わった身体が戦っている間にHP(体力)を回復させれば、実質無限に戦える。  アルビダの、自らを傷つけて血と呪いをまき散らすという戦法も、この『界』があってこそ成り立つものだ。  つまり、『界』が開いて身体が入れ替わっても、継続してダメージを与え続けないとならない。これが出来る光魔法は、現状では一つ(・・)だ。シェルトが真剣な顔つきになって言う。 「そしてこれを成せるのは、継続して魔法を行使できる光魔法第十位階の雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)のみ……さらに言うならそれを複数人が(・・・・)使用できる必要がある。ですが、お三方なら?」  魔法名を口にしてから、シェルトが口角を持ち上げた。その言葉に、俺達三人は即座にうなずく。  雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)。光魔法の最高峰に位置するこの魔法は、俺も、アンブロースも、なんならリーアも行使できるのだ。 「出来るな」 「ああ、俺の十八番でもある」 「あたしだって!」  トドメを刺す手段は持っている。ならば後は、トドメを刺せる状況を作り出せばいい。シェルトが自分の胸をトンと叩いた。 「はい。あとは界に潜もうとするアルビダを引きずり出せばいい。そこは、我々の仕事です」  シェルトの発言を聞いた俺達はもう一度頷いた。正直、アルビダに『界』に逃げ込まれたら終わりなのだ。その為には『界』に逃げ込もうとするアルビダを、邪魔する存在が必要だ。  その役目は、マルヨレインか、ライニールか。シェルトは我々、と言うけれど、彼が直接手を下すことは無いだろう。何しろ司令塔は彼なのだ。  ともかく、方向性は決まりだ。すぐさま俺達は動き出し、背中でシェルトの声を聞く。 「よし、では始めますよ。くれぐれもタイミングを誤らぬよう! アルヤン、モニタリングを!」 「はい!」  上空からアルヤンの声も飛ぶ。声を聞きつつ、俺達は真っすぐ前方に視線を向けていた。  未だ健在、どころか体力を回復させたのかピンピンしているアルビダを、シェルトとアルヤン以外の面々がほぼ総出で抑え込んでいた。皆の猛攻で思うように呪いをばらまけない様子だが、それでもアルビダの勢いは止まらない。 「ああ、ああ、ああ……!! 如何に知恵を巡らせようと、私を殺すことなど出来ないと何故分からぬ!!」  嘆くように声を張り上げるアルビダに、ライニールが強く踏み込んで斬りつけながら言い放つ。 「分からねぇに決まってんだろ、死なねぇ魔物はただのバケモノだ!」 「人間も魔物も、生きているから戦うんだもん! 死ななかったら戦う必要ないんだもん!」  マルヨレインもその歯をアルビダの身体に突き立てんと、果敢に挑みかかって組み付いていた。いい加減鬱陶しく思い始めたか、アルビダの爪がマルヨレインに迫る。 「戯言を――」 「マルヨレインさん、下がって!」  だが、そこで俺は暴風(テンペスト)を発動させた。例によって無詠唱、MP(魔法力)を相応に持っていかれるとはいえ、悠長に詠唱している時間は無い。  強くアルビダの身体を蹴って跳び退いたマルヨレインが、巻き起こった風と木の葉を突き破るようにこちらに飛び込んできた。 「フェンリルさん!」 「ジュリオ殿、作戦会議は終わったか!」  ライニールもマルヨレイン同様、後方に飛び退いて俺に目を向ける。その視線を受け止めながら、俺はしっかとうなずいた。 「問題ないです、皆さんは大丈夫ですか!」  俺がざっとその場にいる全員に視線を向けながら声をかけると、全員がこちらに視線を返して微笑んだ。状況はあまり良くなさそうだが、幸い、皆命はあるようだ。 「幸い全員生きているがギリギリだ、そう長くはもたねぇぞ!」 「了解です! 作戦の概要はシェルトさんに聞いてください!」  ライニールと入れ替わるようにして俺は前に飛び出す。再び前線に出てきた俺を見たアルビダが、やせ細った腕をこちらに伸ばしながら叫んだ。 「ああ魔狼王(フェンリル)! 貴様は、ああ、先程から無詠唱で何の意味もない暴風(テンペスト)を私にぶつけてくる! どういうつもりだ、そこまで無為にする魔力があってのことか!」  その叫びが圧を持って、俺の身体に打ち付けてくる。かけてくるその言葉そのものが威力を持つのだから恐ろしい相手だ。  だが、怯むわけにはいかない。それに俺がこんなに無詠唱で暴風(テンペスト)を連発しているのは、決して無駄ではない。 「意味ならあるさ」  着ぐるみを収納し、両手で地面を掴む。ぐ、と全身に力を籠めるや、俺の身体が爆発するように膨れ上がった。  魔狼転身。魔狼王(フェンリル)としての力をすべて開放するこのスキルを以て、俺は今一度人間を辞める。こうなれば、俺の声にも威力(・・)が乗るのだ。大きく口を開いて叫ぶ。 「目くらましだ!」 「く!」  風牙(ガストファング)だ。発声に魔力を乗せればいいから、吠える以外の言葉でも攻撃が出来る。暴風の牙をぶつけられて、アルビダが身を強張らせた。  ギュードリンによって正式に魔狼王(フェンリル)と認められてから、初めての魔狼転身。後方でバールーフやディルクが声を上げていた。 「おお……!」 「あれがジュリオ殿の魔狼転身か!」  そんな声を聞きながら、俺は隣のリーアとアンブロースにすぐさま声をかけた。ここからは一秒だって惜しい、すぐに決着をつけなくては後が無い。 「アンブロース、リーア、作戦通りに行くぞ!」 「任せろ、俺の本領を見せてくれる!」 「うん、行っくよー!」  俺の言葉に二人も返事を返してきた。即座に三方に分かれて、雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)の詠唱に入る。 「「静寂(しじま)(たずさ)えて来たれ、雷光の公主(こうしゅ)! 刹那(せつな)永遠(とわ)に、悠久(ゆうきゅう)瞬刻(しゅんこく)に! 万象一切をつんざくその名を称えてひれ伏せ!」」  当然、詠唱省略はなしだ。かと言って重複詠唱していては時間が足りない、早口で、魔獣語で魔法の詠唱を紡いでいく。  俺達三人の間で光属性の魔力が高まる中、慌ただしくなり始めたのは俺達の後方にいる冒険者たちだ。 「始まります、ライニール殿とマルヨレイン殿以外は下がって!」 「全員下がれ! ティルザ殿も!」 「チ……!」  ライニールが未だ宙を飛ぶティルザに向かって声を飛ばすが、当のティルザは何かを迷うような姿勢を見せた。  雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)は魔法の持続時間もそうだが、効果範囲がとにかく広い。下手をしたら巻き込まれてしまうから、あまりティルザに俺達のそばにいてほしくはない。  だが、意を決したようにティルザは俺達の頭上に飛んできた。 「チィッ!」 「ティルザ!?」 「危ないよ!」  魔法の詠唱を終えて、後は放つだけ、という状況になった俺達は慌てた。この位置では万が一、ティルザを消し飛ばしてしまわないとも限らない。  と、俺とリーアが声を張った次の瞬間、ティルザが今まで以上に強く鳴きながら俺達の頭上を飛んだ。 「チィィィ!!」  飛んだ傍からキラキラと光が舞い降り、俺達に降りかかる。そのまま後方へと下がっていくティルザを見送るより先に、俺は今の一瞬で自身に起こった変化(・・)を自覚していた。  魔法攻撃力が底上げされている。しかもかなりの上がり幅だ。これから放つ魔法の威力が、格段に上がっていることを自覚する。 「これは……!」 「魔力集約(マナアグレッション)か、有り難い!」  俺とアンブロースが揃って声を上げた。  付与魔法第五位階、魔力集約(マナアグレッション)。周囲の魔力を集中させて、次に放つ魔法の威力を上げる付与魔法(エンチャント)だ。これなら、アルビダと言えどもタダで済むはずがない。  ここに来てまさかの威力増強に、アルビダの声が僅かに震えた。 「無駄だと――」 「そこだぁーっ!!」  そのまま彼の後方に『界』の入り口が開く。暗く、おどろおどろしい空間への入り口が見えたその瞬間、待ち構えていたとばかりにマルヨレインが跳びかかった。  ちょうど『界』の入り口に向かって真っすぐ突っ込んだマルヨレイン。その身体はアルビダとぶつかり、さらに今まさに『界』の中から出てこようとしていたもう一人のアルビダ(・・・・・・・・・)とぶつかり合った。  今この一瞬は、間違いなく二人ともがここにいる(・・・・・・・・・・)。 「な!?」 「よし、行け!」  アルビダの困惑の声と、ライニールが快哉を上げるのは完全に同時だった。すぐさまに、俺も魔法を完成させる。口を大きく開きながら叫んだ。 「「雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)!!」」  途端に、俺の口元から極太の光線が、アルビダめがけて一直線に放たれた。同時に魔法を発動したリーアの口からも光線が放たれ、森の中に輝かしい光線が交差する。  この交差する点にいるのは当然、二人のアルビダだ。 「あ……!!」  アルビダの悲鳴が轟音にかき消される。森の木々が焼け焦げ吹き飛ぶ音も重なった。  3分も経った頃だろうか、俺もリーアもMP(魔力)をかなり消耗してしまった。魔法の光線が消えて、焦げたにおいと煙だけが残される。 「ぐ……っ」 「く、う……!」  魔法の反動で、身体がきしむ。やはり、第十位階は扱いが難しい。  これでアルビダの、先に表に出ていた一人はやれたと思うが、問題はそこではない。後方でライニールが慌てた声を出していた。 「しかしシェルト殿、正気か!? これではマルヨレイン殿が……」  彼の言葉も尤もだ。味方の魔法で勇者の命を散らすなんてことがあったら、大問題なんてレベルではない。  しかしそこについては、俺もシェルトも対策済みだ。シェルトがにこやかな笑みをライニールに向ける。 「大丈夫ですよ」  次の瞬間、彼のすぐそばに雷が落ちた。そこには生きた雷と化したアンブロースが立っていて、口にくわえていたマルヨレインを地面に落としている。 「よし、生きているな」 「はぁ、はぁ……!」  マルヨレインの呼吸は荒い。多少光線の余波を食らったようだが、しかし命に別状はないようだ。さすがはギュードリン自治区の勇者である。 「そうか……アンブロース殿なら、雷速で回収できるわけか」 「はい。あとは――」  治癒士(ヒーラー)達が急いでマルヨレインの治療に入るのを見て、ホッと息を吐いたライニールにうなずいて、シェルトが前方、未だ煙のもうもうと立つ地点を見つめる。  と。 「あ、あ、あああ……!」  か細い、しかしはっきりとした声が、晴れつつある煙の中から聞こえてきた。ゆらり、傾いでいるのは丈の長いぼろきれのようなローブ。アルビダだ。 「あいつ、まだ息が――」 「ビアジーニ殿!」  まだ立っているとは予想外だ。シェルトが大きく声を張り上げる。  俺もリーアも高威力の魔法を放てる余裕はない。もっと言うなら時間が無い。  ただ一人を除いては(・・・・・・・・・)。 「そこだ」 「よし、行け! アンブロース!」  刹那、アンブロースの声と共に雷が奔る。今の今まで、この瞬間まで、雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)の発動を保留していた(・・・・・・)アンブロースが、力いっぱいに叫んだ。 「雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)!!」  炸裂する、三本目の閃光。  雷化転身で一気に後方にいるシェルトの傍からアルビダの位置まで飛び、アルビダに至近距離で光線を浴びせかけるアンブロースに、一切の容赦はない。  今度こそ、間違いなく、アルビダの声が眩い光の中に、融けて消えていった。 「ああぁぁぁぁぁ、ぁ、ぁ……!!!」  極太の光線が消えた時、そこには焼け焦げて炭になったぼろきれと、深い紫色の魔石が、真っ黒に変色した草の上にあるだけだった。  これで、本当の本当に、『血華』アルビダ・ヘーフェルス、撃破だ。  雷化転身を解くアンブロースの肩に、俺は頭をすり寄せる。 「さすが」 「やっぱり光魔法は、アンブロースさんが一番強いね!」 「ふんっ、雷獣女王を侮ってもらっては困る。俺にトドメを刺させたのもいい判断だ」  未だ気が立っていて、口調が荒々しいアンブロースが鼻を鳴らした。  本当に、シェルトは無茶苦茶を言ってくるものだ、と改めて思う。魔法を詠唱し終わってから都合5分(・・・・)、アンブロースに魔法の発動を保留させて後の備えとしたのだから。 「そうか……アンブロース殿には事前に雷帝の鉄槌(マキシマムカレント)を詠唱して保留していてもらい、その状態でマルヨレイン殿を救出。いざアルビダを殺せなかった時はその保留した魔法で殺す、というわけだったか」  ライニールが大剣を背に負いながら言うと、シェルトも大きくうなずいた。その足元では回復の終わったマルヨレインが、だしだしと黒くなった地面を踏んでいる。 「そういうことです。上手くハマって何よりでした」 「ほんとに……キツネさん、無茶言うよね。魔法の発動保留をあんなに長い時間させるだなんて」  マルヨレインの言葉を受けて、苦笑しながらもシェルトは何も言わない。  この無茶があって、結果として後虎院のその一人、魔王軍の最高幹部を撃破することが叶ったのだ。こういう無茶はしてこそだろう。  勝ったのだ、俺達は。 「お疲れ様です。さあ皆さん、魔石を回収したら解呪(ディスペル)と後片付けですよ。それとどなたか、ファン・エーステレンとファン・フェーネンに、祝宴の手配をお願いしてください」  シェルトが手を叩きながら言えば、すぐに全員が戦後処理と報告のために動き出す。  呪いにあちこちが侵された森の中は酷い有様だ。さすがにちょっとは片付けて行かないとならない。  俺は魔獣語しか出せない喉から小さく満足げな音を鳴らしながら、吹き飛ばしてしまった木々を片付けるべく足を踏み出した。
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