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第1話 着ぐるみ士、追放される
焚火から上る煙が、細く夜空へと伸びている。
陽は落ちて既に周辺は暗い。夜行性の魔物もそろそろ動き始める時刻だろう。このオルネラ山の危険な魔物はほとんど片付けた後だから、夜でも安心してキャンプを張れるけれど。
赤々と燃える焚火を囲んで軽い夕食を取って、明日はいよいよ今いるヤコビニ王国を抜けて次の国に向かおう、という相談をする中で。
俺、ジュリオ・ビアジーニはパーティーのリーダーたるナタリアから、唐突に『それ』を告げられた。
「ジュリオ、あんた今日でクビ」
「は?」
思わずそんな声が、俺の口を突いて出る。あまりに唐突過ぎて、自分の耳がおかしくなったかと思ったくらいだ。
小さく首を傾げながら、声の主に顔を向ける。願わくば、俺の空耳であってほしいと思いながら。
「悪い、ナタリア。もう一度、ハッキリ話してくれないか?」
しかし俺が目を向けた先にいるナタリアは、憮然とした表情を隠そうともせずに、足を組みながら乱暴に俺へと言葉をぶつけてきた。
「だから、あんたは今日で、『白き天剣』をクビ。明日からはもう、アタシの仲間じゃないってことよ」
「今までよく働いてくれたと思うが、すまないな。お前を除く皆で相談して、決めたことだ」
彼女の隣で、パーティー一の年長者であり、皆のまとめ役でもある戦士のイバンが、ゆるゆると首を振りながら申し訳なさそうに俺を見やる。
俺は開いた口が塞がらないかと思った。昨日まで山の麓にあるオルニの酒場で一緒にどんちゃん騒ぎして、エールを飲み合って、次の国に行っても頑張ろうという話をしたのに。
思わず、握った両手に力がこもる。ナタリア達からは、その手も開きっぱなしの口も見えていないだろうけれど。
「理由を説明してくれよ。こんな急に言われて、納得できるもんか」
「そうですよね……解雇理由を聞く権利は、あなたにも当然あるでしょう」
身を震わせる俺に、治癒士であるレティシアが、こちらも目尻を下げながら言う。
俺がレティシアの方に顔を向けるも、彼女がそれを話し出すより先に口を開いたのはナタリアだった。
「ざっくり言うわ。あんた、暑苦しすぎるのよ」
「……は?」
その、今更すぎる言葉に、俺はいよいよ本気で顎が外れそうになった。
暑苦しすぎる。そんな理由で、今更解雇しようというのか。
さらに首をかしげる俺へと、ナタリアがびしりと指を突き付けてきた。
「その着ぐるみ! 戦闘中どころか四六時中身に着けてて、見ていて暑苦しいって言ってんの!」
そう、今まさにナタリアに糾弾され、クビだ解雇だと突きつけられている俺が身に着けているのは、ネコの――正確には魔物であるアイシクルキティを模した――着ぐるみだ。
人間の本体の頭から爪先までを毛皮で覆い、瞳も口も動かない。とはいえ着ぐるみとはそういうものだし、それ以外にありようもない。
それをあげつらって『見た目が暑苦しい』なんて、どうして理由になるだろう。それに、俺はこの着ぐるみを四六時中着用し続ける理由が、明確にあった。
「そんなこと言われたって、お前、着ぐるみ士が着ぐるみ着ないでどうするんだよ?」
そう、俺は特殊クラスの一つ、「着ぐるみ士」なのだ。
魔物の持つ力を着ぐるみに加工し、それを身に纏うことで魔物の力を振るって戦う異色の戦士。それが着ぐるみ士だ。
俺は別に、このパーティーで新参というわけではない。むしろイバンと並んで古株だ。勇者としてプライドが高く、仲間に求める要求レベルの高いナタリアの要求にも、それなりに応え続けてきた自負はある。戦闘力で劣ることは無いはずだ。
縋るような視線を他の仲間三人に向けるが、三人ともが力なく頭を振るばかりだった。
「確かにそうだ。だが、ずっととなれば話は違う。お前自身は快適でも、俺たちが見ている分には暑苦しいんだ」
「街中では子供たちにも喜ばれるし、まだいいんです……でも、冒険の最中も着用されていると、視覚的につらいものがあります」
「私達がこれから向かうのは、灼熱の地と言われるグラツィアーノ帝国です。熱さにあえぎながら、貴方の暑苦しい着ぐるみ姿を見ていたくはない」
イバンも、レティシアも、魔法使いのベニアミンも、俺に対して投げる言葉は、ナタリアに同調するものだった。
皆が、俺の着ぐるみを暑苦しいものとして見ている。その事実に、俺は愕然とした。
「そんな、無茶苦茶な……」
取り付く島もない様子に、俺が力ない声を漏らすと、イバンが立ち上がって俺の肩をもふっと叩いた。
「お前はよく働いてくれた。ナタリアを勇者と称える子供たちの相手も、嫌な顔一つしないでしてくれた。戦闘でもそこまで足手まといになっているわけじゃない……だが、その仕事はお前以外の誰にも出来ない、というわけじゃない」
「あなたの今までの働きには、私もイバンも、ベニアミンも感謝しています。それは確か……だけど、このまま勇者のパーティーとして、魔王イデオンを倒すべく冒険を続けていくには、あなたの存在が皆の足かせになりかねません」
レティシアの慰めるような声に、俺はうなだれた。
『天剣の勇者』の称号を戴き、ブラマーニ王国が誇る剣の腕を持つ勇者の一人、ナタリア・デ・サンクトゥス。
世界の冒険者ギルドが共催する闘技大会で優勝した経験もある、戦士として世界でも指折りの実力を持つ、イバン・オッロ。
世界最大の治癒士集団である『カランドラ施療院』の上級団員で、カランドラにこの人ありと謳われるほどの優れた治癒士、レティシア・フランシア。
ヤコビニ王国の王家の血を引き、王国の国立魔法院を首席で卒業した王国で一番の魔法使い、ベニアミン・ヤコビニ。
これだけの経歴を持つ四人だ、俺が欠けたところで、きっと魔王討伐に一番近いところにいるのは変わらないだろう。そう思わずにはいられない。
レティシアの言う事にも一理ある。うなだれたまま、身じろぎもしない俺に、ベニアミンがそっと声をかけてきた。
「『ブラマーニ王国随一の着ぐるみ士』と名高い貴方のことだ、『白き天剣』に所属していた経歴があれば、きっと活躍の場を見つけられることでしょう……今まで、世話になりました」
「……そうか」
こちらも申し訳なさそうに、視線を落としながら話してくる。
こうまで言われたら、俺もいやだとは言えない。イバンも、レティシアも、ベニアミンも、揃って俺の今後を思って、話してくれているようだ。
今まで長い付き合いだったが、そろそろ潮時なのかもしれない。
俺が、そう思って立ち上がろうとした、その瞬間だ。
「あとあんたね、この際だから言っておくけど」
「なんだよ、まだ何か――」
「おいナタリア、それは今はよせ」
何やらナタリアが、まだ言いたいことがあるようで。着ぐるみの頭を彼女の方に向けると、一緒にそちらを向いたイバンが焦る顔が見えた。
同時に、レティシアとベニアミンの間にも緊張が走る。
何だ、何を言おうとしている。
俺が疑念を抱いた瞬間、ナタリアが俺をにらみつけながら叫んだ。
「あんたがアタシのパーティーにいると、アタシの人気を取られて邪魔なのよ!!」
彼女の吐き出した言葉に、俺は文字通り言葉を失った。
着ぐるみの頭の内側にある俺自身の瞳が、見開かれるのも分かる。
俺が呆然として動けないままに、イバンの手が俺の肩をぐっと掴んだ。視界ではレティシアがナタリアの肩を掴む姿も見える。
「な……っ」
「ナタリアさん、落ち着いてください!」
「レティシアさん、ナタリアさんを抑えてください! イバンさんはそのままジュリオさんを!」
ナタリア以外の三人が、大いに慌てているのが俺でも分かった。恐らく、事前の話し合いでは話題に上ったことなのだろう。そしてそれが俺の耳には入ることのないように、と。
思えば昨日、酒場でどんちゃん騒ぎをしている最中もイバンやベニアミンは、どこかよそよそしい感じだった。俺に解雇を悟られないようにしてくれていたんだろうし、円満に俺が離脱できるように気を使ってくれていたんだな、と、今なら分かる。
「アタシは勇者なのよ、その勇者のパーティーにアタシより目立つ奴がいたら、話にならないでしょ!? 珍しいジョブだし、最初のうちは人目を引くのに役立ってたから置いておいたけど、今はもう邪魔なだけよ!!」
三人のその配慮を粉々に打ち砕くように、ナタリアが衝動のままにわめき散らしてはぶちまけていた。レティシアの制止も聞こえていない様子。
人目を引くのに役立つからパーティーを組んだ。
自分より目立つようになったからクビにする。
なんて勝手な。そんな個人的な感情で、パーティーメンバーを振り回すというのか、この「勇者様」は。
ようやく事態を飲み込んだ俺の心に、ふつふつと怒りが沸き上がってくる。
「そうかよ……つまり、俺が邪魔ってことだな? お前の真意はそっちなんだな、ナタリア?」
「そうよ、勇者が目立とうとして何が悪いっての!?」
俺のにじませた怒りの声に、売り言葉に買い言葉、とばかりにナタリアが言葉をぶつけてきた。
さ、と頬が熱を持つのが分かった。
しかし殴りかかろうという衝動までは起こらなかった。こんな女を殴って、俺の大事な着ぐるみを汚すのもあほらしい。
俺の身体に力がこもったのが分かったようで、イバンの手がぐっと俺を押しとどめる。
「ジュリオ、落ち着け」
「いいよイバン、あの言葉で俺もふんぎりがついた」
俺を制止するイバンの手に、そっと手を添えた。俺の脳内は、不思議なほどに冷え切っていた。
無言のままに、俺の私物を収めた袋を手に取る。そのままオルネラ山を下山する、昨日発ったオルニの町に向かうルートに歩みだして、『白き天剣』の面々に背を向けた。
「イバン、レティシア、ベニアミン。今まで世話になったな。せいぜい、勇者様と一緒に魔王討伐、頑張ってくれ……死ぬなよ」
「……ああ」
「ごめんなさい、ジュリオ……」
「もっと円満に別れる予定だったんですが……すみません」
後味の悪い別れの空気に、呼びかけた三人が意気消沈した声をかけてくる。
そうして一人、歩き出したネコの着ぐるみの背中へと、ナタリアの吐き捨てたような声がかかった。
「ふんだ、あんたもせいぜい、野垂れ死にしないよう気を付けることね!」
その声に返事を返すことなく、俺は歩く。夜も更けた真っ暗なオルネラ山の中を歩く。
とはいえ灯りが無くても問題なく進めるのは、魔物の力を身に着けているが故。俺の視界は昼間と遜色もないくらいにはっきりと風景が見えていた。
しかし、先程まで共に歩いていた仲間は、もういない。
順調に進んでいたと思っていた足取りも次第に重くなって、やがて一歩も前に進めなくなって。
俺は力なく、道端に転がっていた岩に腰を下ろしてうなだれた。
「……ちくしょう……」
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