アドベンチャーインザノートピーシー

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 私には忘れられない冒険記がある。小学生6年生の時、友人のSと半日にわたって大冒険を繰り広げたのだ。といっても、部屋から一歩も外に出ることはなかったのだが。  10年前の8月14日の午後、私とSは一台のノートパソコンに向かっていた。当時小学生の私は当然自分のパソコンなど持っておらず、親のパソコンを借りて日々ゲームなどをしていた。そんな中、特にはまっていたのは、「トラベラ」というオンラインゲームである。トラベラとは、自分のアバターを作成・操作し、広い世界を冒険するもよし、料理や釣りを極めるもよし、ひたすら強くなるもよしの自由度の高いMMORPGである。友人Sが僕の家に遊びに来た時、一緒にやるテレビゲームにも飽きてしまったので、トラベラをやることにした。1人用のゲームであるトラベラをするのはSに少し悪い気がしたが、私自身トラベラがやりたくて仕方がなかったのである。  パソコンを開き、トラベラを起動する。起動が完了し、私のアバターが冒険者のキャンプに現れた。初めて見るトラベラの世界にSは少し興奮していたが、Sは私がプレイする様子を横でずっと見ているだけだった。代わってくれと言われたらマウスを渡すつもりだったが、特に何も言ってこなかったので私はそのままゲームを続ける。  トラベラにはクエストというシステムがある。与えられたミッションを達成することで報酬を得られる仕組みのことだ。私のアバターに与えられていたクエストの1つに「最果ての村の村長に挨拶する」というものがあった。他にやることもなかったので、そのクエストをやってみることにした。  現在位置は東の大陸のベースキャンプである。最果ての村は西の大陸の最北端にあった。なのでまずは西の大陸に行くことにした、ベースキャンプから実際の時間で歩いて5分のところに港があった。そこから船で西の大陸に渡るのである。  港に向かい歩いていく。私はトラベラを始めて三か月ほどになるのだが、船に乗るのははじめてだった。この時かなり心躍っていたことをを覚えている。港に到着し、船の乗船券をゲーム内の通貨で買う。乗船後10分ほどで船は出航した。待ち時間と運航中はSと夏休みの宿題についてなどを軽く話し合った。3分程船に揺られると西の大陸に到着した。初めて見る景色、私とSは興奮のあまり歓声を小さくあげた。  港から北に歩くと炭鉱の町があった。そこにはとくに用事がなかったので素通りをしようとしたが、新天地での初めての町に大きく好奇心を搔き立てられた。Sも食い入るように画面を見ている。町の人2、3人に話しかけたところで町をでることにした。もっと探索をしてもよかったが、それ以上にとにかく新しい景色を見たいという気持ちでいっぱいだった。Sも同じ心境だっただろう。私たちはさらに北を目指し歩き始めた。  炭鉱の町の北には小高い丘が連なっている。進めば進むほど今まで見たことのない植物、岩石、モンスターなどが姿を現す。東の大陸にはいなかったモンスターに戦々恐々としたが、今回は特に敵と戦う必要がなかったので、相手にせず横を通り過ぎる。いよいよ丘を下りきると思っていた矢先、驚くべき光景が画面に映った。なんと巨大な熊の群れが私を囲んでいたのだ。私とSは小さく悲鳴をあげた。いきなり現れた未知の巨大な敵に純粋に驚いたのだ。東の大陸にはこんな敵はいなかった。私は全力で熊の群れから離れる。幸いにも熊に敵意はなかったので何とか逃げ切ることができた。もし敵に負けることがあれば東の大陸のベースキャンプに戻されてしまう。それだけは絶対に避けたかった。熊の群れが見えなくなり、溜飲が下がった。隣をふと見ると、Sも心なしかほっとしたように見える。  丘を離れると林の中を長い一本道が通っている。私たちは林の中を突き進む。先程の熊の群れの衝撃が頭から離れないが、林の中もなかなか壮観だった。イノシシやオオカミがちらほらと見える。穏やかながらも壮大なBGMの中で鳥がさえずっている。いずれも小学生の胸を高鳴らせるには十分な雰囲気だった。そんな中我々はもう一度肝を冷やした。熊よりもさらに巨大な人型モンスター、「シャドウウォーリア」が現れたのだった。思えばこの時が今回の長旅の中で一番興奮した場面ではないだろうか。シャドウウォーリアは我々など目もくれず林を彷徨っている。私は目が合わないようにそっと、逃げた。後々わかったことだが、シャドウウォーリアは中々出現しないレアモンスターだそうだ。私たちは興奮と驚きと緊張で笑いが止まらなかった。  林を抜けると大きな要塞都市がある。そこも軽く探索して、さらに北に向かった。雪に覆われた小道を歩ききれば、いよいよ最果ての村である。もうちょっとだ、私はSにつぶやくように言った。  冒険というにはあまりにもチンケで、ゲームというにはあまりにも壮大な私たちの旅は終わりに近づいていた。これまで起きたことをSと振り返る、といってもせいぜい船や熊やシャドウウォーリアの話しかしないのだが。雪が徐々に深くなり、歩くスピードが遅くなる。遠く遠くに小さな村が見え始めた。もうすぐだ。私たちはやがて話すことをやめ、ただただ画面を見ている。そしてその時はやってきた。 ーようこそ、最果ての村へー 村へ入ると村長自らお出迎えしてくれた。ミッション完了の文字が画面中央に現れ、しばらくすると消えた。  私たちはお互いの顔をみて、同時に声を上げた。 「「終わったー!!」」  気づけばもう夕方だったので、門限のあるSは慌てて帰った。後日学校で自分もトラベラを親のパソコンで始めたとの報告があった。何回かは一緒に遊んだが、半年もたたず2人ともやめてしまった。  Sとは幼馴染であり、奇しくも小中高大同じ学校へ通っていた。いまだに2人で遊んだり酒を飲んだりはしているが、私は今更あの小学生6年生の夏休みを超えられる気がしないし、Sもきっと同じだろう。  
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