寂寞

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 4年前、オープニングスタッフとして採用されたこの店でサトハルと出逢ったんだ。  その頃佐藤(さとう)の苗字は2人居て、私は仲良くなった彼の事をサトハルと呼ぶようになった。もう1人は、佐藤さん。佐藤さんは1年位で辞めてったし、あんまり印象に残ってない。  厨房スタッフのサトハルとホール担当の私は、何故か顔合わせの時から意気投合した。甘いマスクに低い声、ペタンコになる髪質を隠す為にとかけられたパーマ、私より20㎝以上差のついた180㎝超えの身長や、血管の浮き出た腕。目がなくなっちゃうクシャクシャの笑顔と目尻のシワ。その全てがドンピシャで、一目惚れだった。  彼が私だけ優月(ゆづき)と下の名前で呼ぶのも嬉しかったし、当然のように付き合わされた連日のメニュー開発や試作と、その流れで行く居酒屋も。それだけでだと思ってしまった自分が、今では恥ずかしい。  けどさ、私なりに精一杯頑張ってた。  パンプスを履くようになったのも、下着にこだわるようになったのも、メイクに時間を掛けるようになったのも、明るい色の洋服を着るようになったのも、全部全部サトハルを意識してたから。  全く見なくなった女性誌も、片っ端から開いてたっけ。  でも私は、どれだけ近くにいても妹にしかなれなかった。……いや、かも。全然相手にされず、それ以上入ってくるなと線を引かれてるようだった。  私を寄せ付けない癖に、他の(ひと)は取っ替え引っ替え。  そして、デキ婚。  泣いて、飲んで、泥酔して、初めて知らない男とヤッたのはちょうど一年前。言えないまま、玉砕した恋。  『何がお前を変えた』?……アンタじゃん、サトハル。  あの頃背伸びして開けた両耳のピアスの穴は、もう塞がっちゃいそうだよ。  今じゃ、足元はスニーカーばかりでスカートを履くこともなくなった。伸びきった髪を黒ゴムで無造作に束ねただけのヘアスタイルはずっと変わらない。布製のバッグはどっかのショップで貰ったものだし、そのまんまの格好でススキノに行くのもへっちゃらだった。呼び込みのお兄さんから割引券を貰うことも、メンパブやホストのお兄さんに声を掛けられることも全くないまま、赤ちょうちんの店で常連のおじちゃん達と肩を並べてお酒を飲んでいる。  『女を捨てた』と誰もが思ってるだろう。それが今の私の姿だ。
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