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ドアを前にしても尚、躊躇っている。勤める店の入るビルの別フロアに、その部屋はあった。
昔からそう。女の子週間は、心身共に絶不調だ。
……ごめん、もう女の子とは堂々と言えない年齢。まぁとにかく、この一週間は何をしても上手くいかないって事をもう身をもって知っているので大人しくしていた。お酒も、悪い酔いしてしまうし。
不思議と、飲みたいとも思わなくなる。
なので、家と仕事場の往復だ。
この時間に、新店への異動の事をしっかり考えようと思っていた。
そして私は今、この扉の前に来ている。店長を通して、呼び出しされた統括マネージャーのいる部屋の前。
深呼吸を一つして、トントントンとノックする。
ドアの奥から、『はい、どうぞ』と低音ボイスが返って来た。
ドアを開けた部屋の奥、逆光で浮き上がる男性のシルエット。眩しくて目を逸らす。近づいて来たその足音で顔を上げると、見慣れた顔があった。
(……松原さん?)
え、何で……軽くパニックになった。松原さんは、店の常連さんだ。時間はバラバラで、時には取引先の人を連れて来たり、部下を伴って来たり、一人で来ることもある。いつも気さくに声を掛けてくれて、すっかり私も気を許してしまっていた。
「あ、驚いた?ごめんね」
よく知る変わらない笑顔で、松原さんは悪びれた。
「あ……いや、いえ、えっと……」
どういうスタンスで話せばいいか分からない。ってか、マネージャーなんだけど。
座って、と促されたソファーに体を沈めた。程なくして、女性が珈琲を運んで来た。
「店の珈琲ほど美味しくは無いけどね」
珈琲が好きなんだと常連客の松原さんは言っていた。
「普通に美味しいですよ」
思わず、くだけて話してしまうのは私の悪い癖だ。
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