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寂寞
「今日は心ここに在らず、ですね」
隣で顔を覗き込んで来たのは、後輩の由紀乃。ー私に『女子力が足りない』と説教してくる23歳の女子。
突然、すぐ近くに顔を近づけられてドキッとする。クリクリの大きな瞳に、長い睫毛はお人形のようにカールしている。頬をピンク色に染め、通った鼻筋の先にあるのは艶々のグロスをたっぷり含んだ唇だ。
由紀乃はいつも完璧に仕上げてくる。
「……あらぁ?センパイ、顔浮腫んでませんね」
そう言いながら、私の頬っぺたを人差し指でツンツンしてくる。
「そう?……あぁ、あれだ。この休み中、飲んでなかった」
「えー珍しぃ」
この2連休、一度もお酒を口にしていなかった。美少年と出会ったあの日、うっかり缶チュウハイを買いそびれてから。
「……そんなに違う?」
「違いますよぉ、センパイそういう年頃なんだから気をつけて下さいね」
そう言うと、私の両頬を彼女の華奢な手が包み込んで私をジッと見つめた。
「同じ女とは思えんな。はい、A卓持ってって」
「はぁーい」
由紀乃が反応したのは、佐藤春輝。厨房担当で確か年齢は34。オープニングから一緒に働いて来た同期。
私達は大通りにあるカフェレストランで働いている。
「お前も、4年前はもうちょっとこう……」
「……キャピってたよね」
左肘をついて、イケメン枠のその整った顔を支え私を一瞥する。
「何がお前を変えた?」
「そんなに変わったかな」
「……違うだろ」
「どんなとこ」
返答が無く、私は横を向く。と、私を真っ直ぐ見つめるサトハルと思いっきり向き合い赤面しそうになる。
でも彼は、そんな私のことなどお構い無しに吐き捨てるように言った。
「性別が違う」
「……っはぁあ!!?」
「お前、今じゃおっさんだぞ」
「おっ……おっさんって!」
「ま、俺は気楽でいいけどな」
そう言うと、アハハと笑って私の頭をポンポンと大きな手のひらで包む。
その手の感触に、心臓がキュッと締め付けられてるのを……彼は知らない。
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