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プロローグ
見惚れたワケじゃない。…ただ、考えていただけだ。
ふと目が合ってバツが悪くなった私は、誰に言うでもなく…言い訳がましく心の中で一人慌てていた。
咄嗟に彼から目を逸らし、何事も無かったかのように歩き始める。
*
マンションのエントランスにある風除室が開いた途端に爽やかな風が私の前髪を揺らした。コンタクトをしているせいで風に弱い私は、瞬間的に瞳を閉じてゴミの侵入を防いだ。
昔から大きな目だと言われた。でも0.3程しかないその視力は、眼鏡やコンタクトで補正しない限り数m先の人物さえ特定出来ず、ゴミや埃、そして自らの長い睫毛さえも凶器となり、攻撃を受けた瞳からはボロボロと大粒の涙が止まらなくなる。羨ましがられるそれは、私にとっては何の自慢にもならないのだ。
風に長めの前髪を全て持って行かれた為か、いつもより開けた視界に飛び込んで来たのは、くだんのキラキラした少年。初めて見る顔だった。
美少年。……ってだけではなく、パッと見何色か分からないその髪の毛に一瞬目を奪われる。
右側にはロビーを望む一面のガラス窓。
左側には綺麗に手入れされた植え込み。
高級ホテルを思わせるようなアプローチの一角に、彼はしゃがみこんでいた。その横を通り過ぎるのは、ちょっと緊張した。思わず俯き歩く。
ちょっとくたびれたロゴ入りの白いTシャツに、カーキ色のカーゴパンツ。白いサンダルはすっかり汚れてしまっている。それが今の私の姿。サンダルからはなんの手入れもされていない爪先が覗いていて、急に恥ずかしくなった。
中心部にほど近いこのエリアは、ススキノにも大通りにも…そしてかなり無茶をすれば札駅にも歩いて行ける距離とあって、住人は多分だけど夜の人が多い。だから、昼下がりの平日はほとんど人に会うことはなかった。
歩いて5分と掛からない近くのコンビニに行くの位、いつもなら服装なんて気にならない。当然のように、スッピンはマスクで隠している。コンタクトをしているだけまだマシだった。
休日の女子なんて誰もがそんなもんだろうと思っていたけれど、後輩の早川由紀乃に女子力が足りないと怒られたばかりだ。
体の左側が、緊張でガチガチだった。彼が全然イケてない人種だったならこんな緊張もしなかったはずで、それがキラキラした人達相手だと途端に卑屈になってしまうこの性格が恨めしい。
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