月斗がいる夏<8000 words>

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 僕は理帆の言葉の意味がわからず、理帆の顔を見た。 「また、月斗と自分を比較してたんでしょ? 比べなくていいんだって」 「……でも、あのポジティブ志向がオレは羨ましいよ」 「みんながあいつみたいに無茶したら世の中メチャクチャだって」  理帆は笑った。 「私もあんな風にはなれないからね。しっかり勉強して、大学に入るの。一人暮らし始めたら、バイトで貯めたお金でステキな家具揃えるんだー」  わざとらしく、お祈りでもするように両手の指を組み合わせて理帆は言った。  しっかり堅実に進んでいく、なんだか理帆らしい気がした。  月斗は月斗。  理帆は理帆。  それぞれの道を進んでいるんだ。  じゃあ、僕は? 僕は――? 「――郁也は、これからも小説を書いていくんでしょ?」  僕が望む道を理帆が言った。 「よくわからないけど、新人賞っていっぱいあるんでしょ?」  僕が流星文学新人賞に応募していることは理帆に話していた。  理帆は今日の二次選考の結果を見たのかもしれない。つまり、僕が落選したことを知っている。なんとなく、そんな気がした。 「次も新作書けたら私が読んであげるよ。だから、早く書きなよ」 「なんで上から目線なんだよ」 「えー、郁也の小説の第一読者はすべて私。これって私の特権でしょ?」  理帆は笑った。  たぶん、いつもと同じ笑顔で。  でも、それがなんだかかわいく思えたのは、少し涼しくなってきた夏の夜のせいだろうか。 「なんか今年の夏は、あっという間だね」  グラウンドを見ながら理帆が言った。 「理帆」 「んー?」  理帆が僕へと振り向いた。 「角のコンビニに花火がまだ売ってたらさ、花火やらない?」 「え、なに突然?」 「夏休みも終わるし、パーッとしたくない?」  僕の言葉に一瞬、驚いた顔をした理帆だったがすぐに微笑み、「いいねー。やろう」と言った。  落選してしまったショックは花火と、かわいい女の子の笑顔で忘れてしまおう。   この花火で、僕の夏は一区切り。  月斗がいた夏が終わり、月斗がいない秋がやってくる。  僕は僕で、また小説を書き続ける。
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