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「なに言ってるんです、司書さんなら図書室にいるし先輩図書委員ですらないじゃないですか」
「私は本を読んだり綺麗に並べて悦に入ったりしたいのであって本の貸し出し係になりたいわけではないんだ。そうだな……よろしいならば神だ。私を神と崇めよ」
「いや部長でしょ。なんで部長って名乗らないんです?」
「キミと私くらいしか活動してないのに部長もないだろう」
「なぜ部長は無いのに神は有ると思ったのかとても興味があります」
興味がありますと言いながら不二はその実あまり関心なさそうに部室を見まわす。目にとまったのは黒板に貼られた一枚のチラシだ。
「よっと……なんですこれ。夏季報掲載作品募集要項……?」
テーマ、ジャンル、文字数、締め切り…などなど。
「文高連の四季報に載せる作品を募集してるんだそうだよ。昨年もあっただろう?」
やれやれ忘れたのかい? と口には出さずとも溢れかえるほどニュアンスを含ませて答えた先輩に対して不二はきょとんと首を傾げる。
「初めて聞いたんですけど。そもそも文高連ってなんですか」
「えっ」
「えっ」
そうでなくとも静かな部室が水を打ったように静まり返った。
「静かな部室に運動部員の走り込みの掛け声だけが遠くに聞こえる。校門付近に植えられた桜は今が満開、ふたりの間にある空気は、まさに春の学校といった風情だった」
「そういうのいいんで文高連の話を」
「つれないなぁ。文高連っていうのはこの辺にある高校の文芸部がやってる連絡会みたいなものだよ」
「高野連みたいなもんなんですね」
「あんなご大層なものではないけどね。文芸部なんてウチに限らずどこも幽霊部員だらけであるんだかないんだかわからないような有様だから、他校と連帯してでもなんとか盛り上げようってことらしい」
先輩は文高連について説明しながら立ち上がると書棚に目を走らせる。
「作品募集も毎季やっているよ。去年も…貼ってなかったかな。貼ってなかったかも。でも四季報は、と、あったあった。ここに何年分か入っているよ。キミだって見たことあるだろう」
先輩の手招きにチラシを置いた不二が横から書棚を覗き込むと、確かに年度ごと季節ごとにA3サイズで厚み三センチかもう少しはあろうそれらがずらりと並んでいた。
「見たことあるだろう?」
「あー僕これ図鑑かなにかだと思ってました」
「なんてことだ。背表紙のタイトルにも目を通さないなんて文芸部員にあるまじき怠慢だぞ。改めたまえ」
「す、すみません……」
自分の腰に両手を当ててふくれっ面を作って見せる先輩になにも言い返せず、不二は背を丸めて申し訳なさそうに頭を下げるしかない。
彼女はその従順な態度に満足したのか構えを解くとその丸まった肩をぽんぽんと叩いて自席へ戻って足を組む。
「さて、冗談はさておき」
「冗談なんですか、僕それなりに落ち込んだんですけど」
「もちろん部室にある本の背表紙くらい目を通してくれたほうが良い」
「あっはい」
「ぜんぶ私のオススメだヨ☆」
少し空気を重くしてしまったことを憂慮した先輩はめいいっぱい茶目っ気を盛り込んで横ピースしながら言ってみたけれど、ふたりの間を悪魔が通り過ぎただけだった。
「あー、こほん。なにか言いたまえよ」
「えっと、すみません」
「そこで謝られるの逆にキツいのだけれども」
ほほを赤らめた仏頂面で静寂に飲まれかけた先輩だったが、その空気を振り払うように目の前で両手をぱんっと合わせる。
「よし、この話はやめだ。今からフタバ行こう。今日は私が奢るよ」
「ええ…また急ですね」
「始業式の日から部室にこもっていることもあるまい。それに今思い出したが昼食を用意していない」
「あ、実は僕もです」
「よし、今日は好きなだけ食え、おかわりもいいぞ。とまでは言えないが、好きなコーヒーとサンドイッチくらいは私持ちだ。存分に崇めたまえ」
「ははーお供しますお大尽さま」
一連のやりとりにくすくすと笑いあって荷物を手に早々に部室を出ていく。先輩も本気で叱っているわけではないし不二も本気で落ち込んでいるわけではない。それがわかる程度の信頼関係はあった。
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