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「というか色々書きたいものが閃かないわけでもないんですけど、でも少し考えると結局どっかで見たような話になっちゃうんですよね」
その感想に先輩は意を得たりと頷く。
「そう、私もそうなった。考えてみれば桜を題材にした作品はとても多いんだよ。それだけこの花が古くから多くのひとに愛されてきたということでもあるのだけれど。まあだから書かなかったというか、書けなかった。ひとより斬新な作品を書きたい、そんな執着を捨てられなくてもたもたしている間に締切りだったよ」
「へぇ……」
「なんだい?なにか言いたそうだね」
意外そうな声をあげた不二の顔を横目に見ると、彼は屈託ない笑顔を浮かべた。
「先輩も悩んだりつまづいたりするんですねと思って。ひとの心があぐっ」
言い終わるより先に張り付いたような無言の笑顔でみぞおちに少しだけ加減されたげんこつが刺さった。うめき声と共にくの字に折れる不二を見下ろしてため息を吐く。
「私がキミの想うような完璧超人だったら良かったのだけれど。ともあれ」
「と、ともあ、れ……」
まだダメージの残る体を辛うじて起こした彼の頭に乗った花びらを払ってやりながら彼女は続ける。
「次からは変な見栄を張らずに自分が書きたくなったものを思うさま書こうと、一周どころか何周も回ってから当たり前のところに落ち着いた」
納得顔で頷いていた不二だが、ふと頭をよぎった言葉が口をついた。
「あのー。もしかしてこれって懺悔的なやつでした?」
先輩はしばしの間きょとんとしていたものの、不意にいつもの不敵で冷笑的な表情を浮かべる。
「いや、そんな高尚なものではないさ。私は単に、お気に入りの後輩と桜の木の下でお花見デェトがしたかっただけなのだよ」
「えっ」
彼女は不意を打たれて出遅れた彼を振り返りもせず歩き出す。
「ふふふ、置いていくぞ不二くん。フタバのランチタイムが終わってしまう」
「あ、ちょっと、もー。誤魔化さないでくださいよ」
その顔色は、舞い散る桜の花びらに紛れて見ることが出来なかった。
~つづく~
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