東陽、調査開始

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東陽、調査開始

 ベッドの寝心地は最高だった。キャンプ道具に銀マットやエアーマットがあれば快適だったが、そんなものはない。地べたに布切れを敷いて寝るのが関の山だった。何度も寝返りを打ちながら、身体中バキバキになって起きていた。  だが、今日は違う。少し硬いがちゃんとマットがあるというのがいい。これで大分、ぐっすりと眠る事ができた。疲労も完璧に取れた。この環境で寝過ごさなかった自分を褒めてやりたい。  シャツを着替えて食堂に向かうと、何人かの宿泊客が食事をしていた。ジェイド団のメンバーはまだ起きてきてないようだ。先に食べるのもどうかと思ったので、お茶を取ってきて飲んで待っていた。すると、隣の二人組の男の会話が流れてくる。 「おい、聞いたか。ハンスの野郎が妻を殺したらしいぜ」 「あんなに仲良かったのにな。わからんもんだな。殴り殺したのか?」 「いや、毒殺だってよ」 「なんでまた……ユッカは光魔法で浄化しなかったのか?」 「そこなんだよな。魔法で勝てないとなれば毒殺なんて難しいんだけどなー。うまい事やったんだな」 「そういえば、この前リガーニの背中にまた生えていたらしいぞ、あの苔」 「おぉ、珍しいな。まあ、噂は眉唾もんだけどな」 「それでも欲しがる人はいるんだろうねぇ。岸辺の管理をしていたローガーさん。今日の朝、一生懸命、取っていたらしいよ」 「売る所に売れば、売れるからな」  岸辺の管理してる人って昨日、注意をしてきた人かな。あんな夜中にも関わらず熱心な人だと思ったけど、そういう副収入もあるみたいだな。  そうこうしている内にマリタ、ハルトト、ファビオが食堂に入ってきた。全員、シャツや肌着程度で軽装だ。特にハルトトのかぼちゃパンツみたいのはなんだ。 「東陽、早いわね」 「なんだよ、そのパンツ」 「動きやすいのよ、足が短いから腿まであがるとね」  よちよち歩きながら、席に座る。もちろん、背は届いていないので、適当な台を持ってきてその上に座っている。  マリタ、ファビオも椅子に座った。  朝食はパンとスープ、何かよくわからない果物だけだった。全員が席についてから一斉に食べ始めた。  パンは丸い固いパンだ。ちぎってスープにつけたり、ジャムをつけたりして食べている。スープは簡単な野菜スープだ。若干味が薄いのはコンソメみたいなものが足りていないからだろう。まだ料理が発展していない感じだ。果物はドラゴンフルーツのように周りがイビツで中は白い果肉だ。味は甘味が強く、朝の糖分補給にはピッタリだ。  朝食を食べながら、マリタが事件の話をし始めた。 「思ったより厄介な事件だね。これからどう進めたらいい? 東陽」 「昨日、言った事を一つ一つ潰していくしかない。疑い続けよう。毒が出ていないんだから、毒殺を疑う。第一発見者のハンスが殺したというが証拠がないので、容疑を疑う。証言者の証言の裏が取れていないので証言者を疑う。それを一つ一つ追うしかない。必ずたどり着けるはずだと信じて」  みんながなるほど、うんうんというように頷いている。 「かっこいいじゃん、もっと無計画な人かと思っていたよ」  ハルトトの言葉はいつも心に刺さる。お前だって逆に現世に来たら、あーなるって。魔法使えないんだぞ。絶対パニックになるって。 「と、とりあえず今日は証言者から話を聞こう。ほんとにハンスだったのか。どれくらいの時間だったのか。どこから見ていたのか、何を聞いたのか。そして、他に誰かを見なかったのか…ってね」  みんなが強く頷いた。  朝食を済ませて、用意をしたら宿舎前へと集まった。今日もいい天気で、柵の奥にいたリガーニはいなくなっており、ザーノンが人を乗せて湖を渡っていた。  これが昼間の風景なんだろうな。  昨日、ノエルに言われたとおりに軍舎前と移動した。ノエルは昨日と同じように薄い銀の甲冑に包まれて、軍舎前に立っていた。俺らに気付くと近付いてきた。 「おはよう。お揃いだね。早速、行こうか」  ノエルは挨拶もそこそこに歩き始めた。俺たちも着いていく。歩きながらノエルは証言者について教えてくれた。  証言者はハンスの家の向かいに住んでいるグロラルさん。フォウマン男性で五十歳。短髪白髪で中肉中背。ハンスと同じ漁師だが、狙う獲物が違うらしく一緒に漁には行かない。その日はハンスが家に入り、出て、戻ってくるまでを見ていた。自宅の前で次の漁の準備をしていたようだ。  グロラルさんの家の前に着くと、ノエルはドアをノックした。 「グロラルさん。朝早くすいません。もう一度、お話を聞かせてもらえますか」  すると、ドアの奥からドタドタという足音と共に男が飛び出してきた。 「やあ、ノエルくん。ちょっと網を片してからでいいか」  ノエルは僕たちの方に振り向いたので、マリタはどうぞという意味で手を前に出した。 「いいですよ。お待ちしてます。そこの庭の椅子をお借りしてもいいですか」 「あ、座って待っててくれ」  そういうとグロラルは一旦、部屋に戻った。ノエルと俺らは庭にある椅子やベンチに適当に座る。  ふと、ハンスの家を見るとちょうど斜め四十五度くらいの視線になる。家の角を中心に、入口と大きい食卓が見える形だ。ここからならハンスが出たり入ったりするのは、確かによくわかる。  五分もせずにグロラルが、汗を拭きながら部屋から出てきた。 「あーすまない、すまない。で、なんだって」  ノエルが椅子から立ち、グロラルに向き直って言った。 「ユッカさんが殺された日の事をもう一度お願いします」 「あぁ、はいはい。まあ、ここで網をイジっててね。ハンスが漁を終えて帰ってきたんだ。それで中で食事をしてて、ハンスが一回出て行った。まあ、自分の船に行ったんだろうな。それで三十分くらいでハンスが戻ってきて、少ししたら領土防衛隊の人達が来たって感じだな」 「ありがとうございます。マリタ、何か聞きたい事はありますか」  ノエルがマリタに促す。 「そうね……東陽、聞いてもらってもいい」 「あぁ。グロラルさん、帰ってきたのは本当にハンスでしたか」 「ハンスだったよ」 「どうしてハンスだと?」 「どうしてって……いつも大体あの時間に帰ってくるし」 「他に特徴は?」 「特徴って言われても……そうだな……あいつはズボンとか破けているのを履いているんだ。それがオシャレだとか言って」  なるほど。確かにハンスは破けたシャツとかズボンを履いていた。ハンスで間違いないだろう。 「中で食事と言いましたが、それはあそこから見てたって事ですか」  俺はハンスの家の大きな窓を指差した。 「あぁ…」 「でも、ここからだと二人は見えませんよね」  窓からは大きなテーブルが見えている。奥の席は見えるが、手前の席は見えない。 「ユッカが食事をしていたんだ。ハンスが帰ってきたんだから、ハンスと一緒に食べていたんだろう」  つまりは、一緒に食べていたというのは見てないって事か。とは言うものの、ハンスだろうな。ハンスの証言とも合う。 「それでハンスは出て行ったと」 「あぁ」 「どれくらいで戻ってきました?」 「三十分くらいかな」 「その間、ユッカさんは?」 「そんなじっくりは見てないけど……食事を片付けてたんじゃないのかな」 「キッチンはここからは見えませんよね。ユッカさんが見えたり、見えなくなったりって事ですか?」 「まあ、そうだね。ずっと見てたわけじゃないよ。網を片付けながら視線の端っこで見えてたくらいだから」  そりゃそうだ。ここからは確かにハンスの家の中が見えるとは言え、他人の家を覗いていたら別の容疑でグロラルを捕まえなきゃいけなくなる。この世界で覗きがいいのか、悪いのかわからないが……。 「ユッカさんが見えなくなって、それでハンスは戻ってきたと」 「あぁ」 「ユッカさんが見えなくなってから、どれくらいでハンスは戻ってきましたか」 「いや~……わからないなぁ」 「ハンスが戻ってきたとき、ユッカさんは見えましたか?」 「いや、見えない」 「戻ってきたハンスはどうしてましたか?」 「ハンスは食堂で立っていたよ」 「立っていた?」 「下を見てたな。ユッカさんを見てたんじゃないのか」 「なるほど。ハンスが一番最初に戻ってくる前のユッカさんはどんな感じでした?」 「そこまでは見てないけど……ユッカさんの姿は食堂に見えてたよ」 「そうですか、ありがとうございます。僕からは以上です」  グロラルは急に問い詰められ、緊張が走ったようだ。一つ大きく息を吐いた。 「もういいかな」  ノエルがみんなに向かって言った。俺は一つだけ気になる事があったので、ノエルを呼び止めた。 「ちょっと待ってくれ」 「なんですか」 「裏は?」 「裏?」 「裏の証言は取れてないだろ」 「何の裏です?」 「家の裏」 「家の裏?」 「あぁ。表の証言は取れた。だがここからは見えない家の裏の証言がまだだ」 「ここで家にいた二人の行動は見えています」 「じゃあ、ノエルたちはグロラルさんの話だけで証言は取れたって言っていたのか?」 「そうです。それ以上の事はない」 「不十分だ。家の裏を調べたい」  ノエルはやれやれと言った感じで大きなため息をした。 「いい加減にして頂きたい。あの家は既に調べたはずだ」 「マリタが魔法でな。俺は調べていない」 「何を調べるというのです。あそこは見た通り一面芝生の庭です。隠れたり、逃げたりすればすぐにわかります」 「だから、それを調べるんだって」 「はぁ?」 「あそこは見た通り、一面の芝生なんだろ?」 「そうです」 「隠れたり、逃げたりできないんだろ?」 「そうです」 「それを調べさせてもらう」  ノエルは頭を抱えて首を振った。 「訳が分からない」 「訳なんてどうでもいい。調べさせてくれ」 「これ以上、話しても無駄なようだな。好きにしてくれ」  ノエルはグロラルに頭を下げて、軍舎の方へと歩いて行った。マリタが心配そうに東陽に近付く。 「大丈夫なの」 「これで俺らだけで調べられるな。行こうか、事件現場へ」  俺はニヤリと笑って、ジェイド団の先頭を歩いた。  現場百遍。わからないならわかるまで探すしかない。それが刑事ってもんだ。  なんて、タツさんの押し売りだけど……。これが実際、効果てきめんなんだよな。もうハンスの家には領土防衛隊治安維持部隊の人達もいない。完全に捜査は終わっているって感じだ。だけど、証拠がなければハンスを犯人とは言えない。一番の容疑者ではあるけど、犯人ではないんだ。  「さて……何が出るかな」
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