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シャル・アンテールとオウブ
深い闇から目を覚ますと、木で組まれた天井が見えた。頭の中が次第にクリアになっていく。
――ベッド? 病院? ……いあ、それにしては随分と古臭い。
木材がむき出しの天井に壁は石でできていた。ぼーっと天井を見上げていると、俺の顔を覗き込む初老の男性。白い髭をもみあげから口周りに生やしている。その男性が話しかけてきた。
なんて言っているのかわからない。英語でもフランス語でもない、聞いたことがない言葉だ。
次第に、また意識が遠くなっていく。だが、一つ確実に言えることは、あの化け物から俺は助かったという事だった。その安心感に包まれて、また深い闇へと落ちていった。
その後、何度か起きたり寝たりを繰り返して、体調が回復していった。何度か内臓に炎症が起きて、危機的状況も向かえたが、最終的には半年ほどで完治した。
その間に、助けてもらったパウ夫妻に、この世界の言葉や歴史を聞き、異世界に飛ばされたのだと認識した。
もちろん、当初は全くといっていいほど信じちゃいなかった。だが、あの化け物や俺を治療してくれた白魔法を見た時、異世界に飛ばされたと信じるしかなかった。
言葉に関しては、共通言語があるようでそちらを学んだ。簡略化されている言語で、例えば挨拶などはおはよう、こんにちは、こんばんは、お疲れ様、ご苦労様、さよならなどを一つにまとめている。元々は違う言語を使っていた種族、国の間で貿易や軍事などの時に意思疎通ができやすくしたものだ。覚えるアルファベットも少ない。英語で26文字だが、共通言語ではたったの15文字。だが、地球にはもっと少ないアルファベットでコミュニケーションを取る民族がいたりするので、数は問題ではないのかもしれない。
ともあれ、これには助かったと言わざるを得ない。短期間である程度のコミュニケーションをとれるようになった。読み書きはおぼつかないが、ヒヤリングに関しては上々だろう。
――さて、パウ夫妻から聞いたこの世界を説明すると…。
この星の名前は「シャル・アンテール」。
五つの大陸があり、四つの大陸で五つの国が割拠している。一つの大陸はまだ未踏だそうだ。
驚く事にシャル・アンテールでは魔法が使える。手から炎を出したり、空を飛んだりするあの魔法の事だ。
各地にオウブと呼ばれる魔力の源の結晶があり、そこで洗礼を受けると魔力が体に宿るようになる。洗礼とは神殿に入り、オウブの近くで祈りを捧げる事だ。オウブは各国で厳重に管理されており、一部の人間からは信仰や崇拝の対象となっている。
オウブには影響範囲があり、他国などに行くと再度その国にあるオウブの洗礼を受けないといけない。
魔力は自然界の力を借りて使うものであり、魔法という技術によって系統化されている。
例えば、傷口を治したり、自然治癒能力を高める光は白魔法というように、作用や効能によって名称を決め、差別化したというわけだ。
魔法は研究の対象となっており、日々新しい技術が生まれている。自然五種は火、水、風、土、雷で、これに星二種、光、闇が加わる。
これらは組み合わせる事で新しい現象魔法を作ることができる。例えば、水と風で氷魔法や、更に応用して土、水、光で植物魔法などである。
オウブのある場所に国ができ、反映していると言ってもいいだろう。オウブを所持している国は四つあり、一つはオウブのない国がある。
オウブを所持している国は、セロストーク共和国、レイロング王国、ナイシアス連邦、ヒアマ国だ。ウルミ連邦だけオウブはないが、大陸の中央に位置するために、その四つのオウブの力が不安定に流れ込み、弱いながらもどこかの国で洗礼を受けていれば使えるようだ。
今、東陽がいるのはフォウマンが起こした大統領制のセロストーク共和国である。鉱山が近く、世界の鉱石の半分以上がここでの採掘となっている資源国家である。
また、魔力を留めておける珍しい金属、トワイコンが見つかり、神の手と言われる鍛冶職人ブラッシェル=バウアーによって魔道具が開発された。これにより飛躍的に全世界の生活様式が変わることとなった。武器などにも応用され、ほとんどの武器に魔力をまとわせることに成功している。
首都ハイルに防衛用の城を建てており、そこを中心に円状の街づくりをしているのが特徴だ。中心に城と神殿、その周りに工場地区、更に外には居住区があるといった具合だ。
この世界の種族は五つ。
もっとも地球の人間に近い風貌をしているのがフォウマン。
背が高く細身で耳が尖っているバルト。
小型種で大人になってもフォウマンの子供のような容姿のプルル。
森の狩人と呼ばれる森林に住む部族、ウサギのような耳と猫のように尻尾があるアギュラ。
熊のように身体が大きく筋骨隆々で二本の角が生えている、グラン。
助けてくれたパウ夫妻はフォウマン。地球人と変わらない風貌だ。
世界情勢は十二年前に『オウブ大戦』と呼ばれるシャル・アンテール史上最大の戦争があった。もはや天災と言ってもいい【魔神】と呼ばれる存在が各地で暴れまわり、魔物を産み、操り、世界を恐怖のどん底にたたき落とした。
人類がオウブを見つけてから魔神は突発的に各国に出現しており、人類は為すすべもなく殺され続けてきた。
現在のところ、突然現れ、突然消える魔神の正体はわかっていない。
十二年前のオウブ大戦はシャル・アンテール数百年の歴史の中で、初めて魔神が同時に出現した。そして全世界の人類が一つになり、初めて魔神を倒す快挙を成し遂げたのである。
だが、以前は魔神と共に消えていた魔物はそのまま残り、世界を徘徊するようになってしまった。
そこで各国は防衛強化、貿易や人の往来に必要な道の整備、城の建設などを進めた。大陸に点在して過ごしていた民たちは、各国のオウブの周りに集まり、魔力を身につけ、魔物と闘う力を手に入れるようになった。
魔神を調べるために様々な知識が足りない事がわかった人類は、教育や研究に力を注ぐようになった。しかし、世界はあまりにも多くの事が存在している。国に所属する人間だけでは人手が足りないので、五カ国によるシャル・アンテール調査協定により、民間組織団体【調査団】を制定する。
調査団は数名から数十名の団体で動くことが多い。
主な活動は国や民間から依頼のあった新しい鉱石や素材、動植物、魔物やモンスターなどを見つけたり、また人に危害を加える魔物、モンスターを倒したりする。現在は採掘や討伐などのそれぞれに特化した調査団が増えており、一口に調査団と言っても全てが採掘できたり討伐できたりするわけではない。
生計は報奨金を得たり、組織や利益団体からの寄付、依頼などで立てている。
特に調査団は若者に人気で、全世界で魔力を使えるようになるために各地のオウブを回る「オウブ参り」がブームである。
俺はこの世界の事がわからないなりにも、少しは理解できた。いあ、むりやり理解したという感じだ。混乱と不安を抑え込むために。
助けてくれたのは、セロストーク共和国領土防衛隊治安維持部隊のオリバーパウという老剣士だった。あの化け物をどう倒したのかはわからないが、六十五歳という年齢の割にはシャキっとしている。
「東陽くん、もういいのかね」
「おかげさまで、ここまで回復しました。ありがとうございます」
「ほほ! 言葉もよく覚えたな。これからどうするのかね」
「一旦はそのオウブというのを見に行こうかと思っています。あと、銃を修理できる所を探してきます」
「その銃を修理できるかはわからないが工場に持っていけば似たようなものは手に入るだろう。地図を書いてやろう」
二人が話していると部屋のドアが開き、老女が入ってくる。オリバーの奥さん、メラニーパウだ。少しふくよかで豪快な面もあるが根は優しい。
彼女の白魔法で俺は救われたと言っても過言ではない。
「メラニーさん」
「あら、東陽くん。もういいの?」
「はい、今からオウブを見に行ってきます」
「……その服装で?」
メラニーは東陽のスーツを見ながら言った。確かにこの世界にはない恰好かもしれない……。
「まあ……これしか持っていませんし……」
「もし必要なら言ってね、クリストフのがあるから」
クルストフとはオリバーとメラニーの息子である。二年前に行方不明になっており、二人はその手掛かりを未だに探している。
あと一人、年の離れたマリタという娘もいるそうだが…。
「それでは行ってきます」
そういうとオリバーから地図をもらい、俺はオリバー宅を出た。
ここ、セロストーク共和国の首都ハイルは鉱山都市らしく、至る所に作業してある土が盛られている。道は綺麗に舗装されて、石が敷き詰められており、荷物を運ぶ馬車などが通りやすくなっている。商店街では屋台料理などが並んで売られており、活気は高い。
オリバーの家は居住区にあり、街の中央に向かっていくと工場地区とオウブ神殿があった。
そこへと向かって歩いていると、逆の方向から凄い歓声が聞こえてきた。何かのレースをやっているようだ。数少ない娯楽なのだろう。
ただ……随分と殺気立っている感じだが……。
オウブ神殿に着くとその圧倒的な大きさに息を呑んだ。
「……パルテノン神殿ってこんな感じだったなぁ……」
巨大な柱に長い階段。白い石で作れられた神殿は神々しさがある。
柱の間に作られた長く大きな階段をあがり、中へ入ろうとすると護衛の二人が東陽の前に立ちふさがった。白い鎧で長い槍を携えている。
「止まれ、何の用だ」
「あー……ちょっとオウブを見たいんだけど、ダメですか」
「洗礼者か?」
「いあー……。何か手続きが必要ですか」
「オウブへは洗礼者以外は立ち入り禁止だ。そんな事はわかっているだろう」
何か思っていたのとは違うな……。仏像みたいに遠くから見れるもんだと思っていた。こりゃ、何か考えないとダメだな。
「そうか、そうでしたね。うん」
「早々に立ち去れ」
「はいはい」
東陽は神殿に背を向け、階段を降り始めた。すると一人の男が呼び止めた。
「お待ちなさい」
「ん……」
振り返ると神父のような恰好をした初老の男性が話しかけてきた。服の生地は全て白い。
「何故、オウブを見たいのです」
「興味ですかね……見たことがないので」
「……洗礼を受けた事は?」
「いや」
驚きの表情を見せる神父と、先ほどの護衛二人。洗礼を受けない事がそんなに珍しい事なのか…。
「私の名前はマルティン=ハース、オウブ最高責任者です」
「あ、東陽京平です」
「他の国での洗礼もないのですか?」
「まあ……ないですね」
「どこの国の方ですか」
「あぁ……」
さすがに言葉に詰まった。そんな事を聞かれるとは思わなかったからだ。日本に住んでいて、日本人ならそんな事を聞かれるわけがない。顔が濃ければ別かもしれないが……。
「なるほど……流浪民ですか……」
「あ、あぁ……かな」
「……わかりました、少しだけならいいでしょう」
護衛の二人が驚きの声をあげる。
「マルティン様! ほんとですか?!」
「流浪民は国に属さない賊ですよ! 道行く人が襲われたりしています!」
マルティンは怒る護衛二人を手で制した。
「彼にも何か理由があるのでしょう。流浪民の中には調査団となり、魔法が使えないために生計が立てられない者もいると言います。逆に言えば魔法が使えれば人を襲う事もなくなるかもしれません」
「し、しかし……」
「責任は私が持ちます。見るだけなら私の部屋からでもいいでしょう。それなら神殿に入ることなくオウブを見る事ができます」
訝しげな顔をする護衛たち。しかし、これ以上は逆らえないと観念したようだ。
「では、東陽くん。こちらへ」
「助かります」
そういうとマルティンは神殿と併設されている自分の部屋に東陽を案内した。神殿の外から入れるが、部屋自体は神殿内部だ。部屋は小さく机と椅子に本棚があり、書類などが散らかっていた。
窓から薄く光が漏れ、何やら大きな結晶が見える。
マルティンは東陽を窓の近くに案内すると、指をさして言った。
「あれがオウブです」
「おぉ……ん? 何か少し回ってませんか?」
「回っています、一時間で一回転します」
オウブと呼ばれる結晶は、五階建てのビルくらいの高さと大きさがあった。薄く光を発光し、何故か宙に浮いて、静かに回っていた。楕円形をしているが、表面はイビツでゴツゴツしている。
ジッと見ていると心が吸い込まれそうになる。そして、何故か活力が湧いてくる。
「これが……シャル・アンテールの魔力の源……オウブ……」
俺はしばらくオウブから目を離せなくなった。圧倒的な包容、圧倒的な神秘、圧倒的な輝き。これが魔力を産み出すと信じるまでにそう時間はかからなかった。
「石のようなものなのに、古い表面が剥がれ落ちたりします。生きているみたいでしょう」
「……えぇ……あの、質問があります。オウブの力にこう……時空を飛び越えたりする力ってありますか?」
「いや、そのような事は聞いたことがないですね」
「そうですか……」
オウブを見ながら、俺はなんとなく思った。これはそういう類じゃないって。自然を操る魔力を得れるだろうが、時空を飛び越えられるものとは思えなかった。
「魔力、魔法はまだ発展途上で、研究対象です。もしかしたら今後できるかもしれませんね。魔法を本格的に学びたいならナイシアス連邦という国に行ってみてはいかがかな」
「ナイシアス連邦……」
「今、もっとも魔法の研究に力を入れ、実績も豊富にあり、魔法に関しては一番進歩している国でしょう」
「そうですか……あの、色々とありがとうございました」
「また、いつでも来なさい。今度は仲間も連れて。洗礼を受ける気になったらいつでも言ってください」
「ありがとうございます」
マルティンさんに深々とお礼をして、神殿を後にした。ウソをついてしまい、少し罪悪感はあるけれどオウブを見られた事は収穫だった。あれは人間の手に負えるもんじゃない。ゆえに魔力が使えるようになると言われても違和感はなかった。それくらいの神々しさ、圧倒さがあった。
次に、銃を直してもらおうと工場へと向かった。工場は神殿の地区の近くなので、そんなに遠くはない。オリバーに書いてもらった地図を頼りに歩いていく。
すると後ろから叫び声が近付いてきた。誰かが追われているようだ。振り向いた瞬間、女性が東陽にぶつかってきた。
二人は尻もちをついた。
「あいてて……なんだ、一体……大丈夫ですか」
「くっ……」
女性は顔を黒い布で半分隠し、忍者のような装束を着ていた。東陽の顔を見ると一瞬驚いたような仕草をして立ち上がった。そのまま振り向き、走り出した。その際に何か石のような物を落とした。
俺は拾いあげ彼女の背中に向かって叫んだ。
「これ、落としましたよ! ねえ! ちょっと!」
女性は俺の言葉には聞く耳を持たずに、そのまま走り去ってしまった。少し遅れて女性を追っていた兵士がやってきた。
「おい、ここでヒアマ国の恰好をした女性を見なかったか?!」
「ヒ……アマ……?」
「もういい! くそー! どこ行った!」
兵士は周りを見渡しながら走り去ってしまった。俺の手には女性が落とした石が残されていた。
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