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ジェイド団
工場に向かいながらよくよく女性が落とした石を見ると、どこかで見たような既視感を覚えた。ちょうど親指くらいの大きさで楕円形。一見、何の変哲もない石なのだが……。
思い出そうとしながら歩いていると工場に着いた。とりあえず、石をポケットに入れて周りを見渡してみる。工場は石で作られており、至る所に釜土があり、そこで職人たちが作業をしている。ここで鉄鉱石を溶かしているようだ。とにかく釜土からの熱と鉄のにおいで工場は充満していた。
誰か話せる人はいないかと探していると、後ろから声をかけられた。
「おい! あぶねぇぞ! 変な恰好しやがって」
振り向くと身体の大きな……いや、ほぼ熊だ。熊に角の生えた二足歩行する生き物が人間の言葉を話している……。エプロンをし、皮手袋までしている。
オリバーが教えてくれた種族を思い出し、この風貌はグランだと思った。
「グ……グラン……?」
「あ? グランだが、名前はアクセルだ」
「あ……これは失礼。アクセル」
熊と話しているようで、すごい違和感を感じる。身長は二百十センチはあるだろう。身体の横幅が凄い。体重は二百キロ近いのではなかろうか。髪の毛というよりは、毛で顔の周りは覆われており、立派な湾曲した水牛のような角が二本、耳の上ら辺から前に向かって生えている。
「何の用だ?」
「この銃なんだけど……直せるかなって思って……」
俺は銃のSIGP229を取りだし、アクセルに手渡した。
「どれ……」
アクセルはその銃を見て、驚いたような顔をした。そして、色んな角度で銃をマジマジと見ている。
「こりゃあ……まさか……ちょっと、こっちに来い」
そういうと渡した銃をマジマジと見ながら、アクセルは歩き出した。その後ろを付いていく。少し歩くと、釜土の熱が届かない部屋へと入っていった。
壁には剣や槍、斧などがかけられており、鎧なども飾ってある。さながら武器屋という感じだ。しかし、棚には鍋や皿なども一緒に並べられており、戦う事と日常が近い印象を受けた。
アクセルは机の引き出しから銃を取り出し、上に置いた。その銃は千堂が持っていたSIGP230だった。
「えっ?! 嘘だろ……ここに千堂は来たんですか?」
「名前は知らん。二年前くらいだったかな。お前と同じような妙な恰好をした男が、これを直してくれとやってきたよ」
間違いない。千堂だ。つまり、千堂は神埼と揉み合った際にあの光に包まれてここに飛ばされたんだ。
神埼の言っていた事に嘘はなかった。突然、光に包まれて消えた。そして、ここにたどり着いたんだ。
あの光に包まれる前を思い出す。俺の腕時計と神埼の何かに当たって光が生まれたように思えた。あれは何だったんだ……。
「知っている奴なのか」
「多分……俺の同僚です」
「そうか……この銃は恐ろしく精巧に作られていて俺には直せなかった。信じられない技術だ」
つまり俺の銃も直せないって事だな……。
「お前たちは何者だ?」
「えーっと、少し訳ありで……」
「こんな小さい銃、いったいどこで手に入れたんだ。仕組みはわかる。だが、問題は部品一つ一つの精巧さだ。こんなに細かく、そして小さく……どう削り出したんだ?」
アクセルはどちらかというと、俺の素性より銃に興味があるようだ。
「あの、それで千堂は今どこに?」
「あん? 知らんよ。それっきりだ。直してくれと渡されて、それ以来ここにはきていない」
千堂の情報はこれ以上は無理かな。
しかし、どこかで安心した俺がいた。千堂がこの世界にいるとわかった途端、孤独から解放された気がしたからだ。この世界のどこかに親友がいるという事実は何よりの拠り所となった。
銃が直せない以上、新しい武器が必要だ。この国から出たら、俺を襲った化け物みたいなのを相手にしなきゃいけない。魔法も使えない俺はやっぱり強い銃火器が欲しい。
「アクセル、それに変わる武器が欲しいんだが……」
「ん? おう。そっちに魔導銃があるだろ、見てみろ」
アクセルが指差す棚を物色すると、真っ赤で装飾が凄い銃を発見した。大きさはハンドガン程度。中世のアンティーク銃みたいな感じだが、手に取ってみると軽くてバランスがいい。
「アクセル、魔導銃ってなんだ」
「魔法を撃てる銃だよ。大きく分けて二通りある。弾に魔法を入れる方法と銃に魔法を入れる方法だ。前者を魔導弾、後者を魔導銃と言ってな。魔導弾はコストがかかるが威力の高い弾を撃てる。魔導銃は自身の魔力を与えながら弾に魔法を乗せるので、魔導弾より威力は落ちるが、弾は汎用的なものなんでコストは安い。魔導銃で魔導弾を撃つ際は、違う系統の魔力を流し込むと暴発するんで、あんまりやらないが、ここぞって時に同じ系統の……例えば、火の魔導弾に火の魔力を魔導銃に流し込めば絶大な威力を発揮することもできる」
「ふぅ~ん……魔導関係じゃない銃は?」
「あるにはあるが……今時、そんなの使う奴はいないぞ」
そういうとアクセルは席を立ち、部屋の隅にある大きな箱をガサゴソと漁り出した。小さな銃を見つけて東陽に手渡した。
「これが普通の銃だ。弾は通常弾、炸裂弾が使える。大型の魔物を殺る際は炸裂弾がいいだろう」
先程と同じように装飾された銃で色は青。重心のバランスもいいし、手にもしっくりくる。愛用していたSIGP229より、二周りほど大きいがやたらと軽い。
「軽いけど、反動が心配だな。試し打ちってできます?」
「あぁ、そこの奥に射撃場があるぞ」
アクセルが部屋のさらに奥を指さした。
俺はその射撃場に入っていった。
石の壁なのは工場と一緒だが、二〇メートルくらい先の壁には藁が敷き詰められている。銃弾の吸収用だろう。その前には人に見立てた藁と木で作った木人もあった。
弾は棚に丁寧に収まっており、上段に魔導弾があり、下段の端っこに普通の銃弾があった。
俺は普通の銃弾を六発ほど抜き取り、銃に詰め込んだ。取り扱いが簡単な原始的な銃だ。
立ち位置に立ち、木人に狙いを定める。パン! パン! と二発ヘッドショットを決める。
「反動が軽い……なのに、こんなに威力は高いのか」
地球の銃と違い、肩が押されるような反動は少ない。どういう原理なのかはわからないが片手で悠々と撃てるし、命中率も高い。残った弾も木人に向けて撃ったが、自分でも驚くほどの命中力だ。
「何でこんなに当たるんだ……」
不思議がっているとアクセルが入ってきた。
「おうおう……綺麗に当てるもんだ」
「この銃、いいですね」
「ただの弾でも命中力が上がるように、ほんの少し魔力が入っているんだ。魔力を留める金属トワイコンが微量に使われているからな」
オリバーに聞いた話を思い出した。
トワイコン……魔力を留める希少な金属。セロストーク共和国の主貿易品だ。
「これがトワイコンですか……」
「魔導具の一種だな。神の手と呼ばれた伝説の鍛冶職人ブラッシェル=バウアーが応用して生まれた技術だ。魔導具ができた事により、日常生活は大きく変わったが最も進化したのはこういった魔導武器だ。今や魔力を帯びていない武器などほとんど存在しない」
「じゃあ、魔法が使えなくても問題ないですね」
その言葉にアクセルは険しい顔をした。
「訳ありだろうがよ、悪いことは言わねぇ。洗礼は受けておけ。シャル・アンテールで生きていく以上はな」
「……そうですね、わかりました。で、この銃が欲しいんだけど……今、持ち合わせがなくて」
「……いいぜ。あの銃と交換でどうだ?」
「この弾も付けてくれるなら……」
「本当か? 弾なら100発でも1000発でも持って行ってくれ」
そういうと嬉しそうに俺のSIGP229を触りだすアクセル。その光景を見ていると、長年連れ添ってきた相棒を失う悲しさがあったが、お暇を与えた気持ちにもなった。お疲れさんってね。
工場の外に出ようとすると、バイクのような物が目に入った。もしかして、魔法で動く乗り物とかあるのか。
「アクセル、あれは」
「ん? あれは『アルトトの書記』に記されていたものを復元しているんだ」
「乗り物じゃないのか」
「乗り物? いあ、わからん。『アルトトの書記』は解明されていないものもたくさんあるからな。そいつもその一つだ。とりあえず形だけ作ってみたって感じだな」
「そうですか……街の外の移動手段は?」
「基本はスプルだな」
「スプル?」
「あぁ、従順で頑丈な動物だ。大体そいつに乗ってオウブ参りをする。お前もここで洗礼を受けたら行ってくるといい」
オウブ参り……確かに、この世界を一周するオウブ参りは千堂探しに打ってつけかもな。
アクセルに別れを告げて工場を出た俺は、オリバー宅へと戻った。
中に入ると何やらにぎやかな声が聞こえてきた。リビングの机にオリバー、メラニーと向かい合わせで三人が座っていた。
一人は普通の若い女性、夫妻と同じフォウマンだろう。金髪ですっきりとした顔立ちにスレンダーな体形だ。その隣に少し耳の尖った子供がいる。更に隣には細身で背の高い男が座っていた。
オリバーが俺に気付き、声をかけてきた。
「噂をすれば、東陽くん。戻ってきたか」
全員の視線が俺に注がれる。若い女性が立ち上がり、近づいてきた。
「こんにちは、私はマリタ。オリパーとメラニーの娘よ」
「あ、東陽京平です。オリバーさん、メラニーさんにはお世話になりました」
俺はマリタに深々とお辞儀した。
「いいのいいの、気にしないで」
随分と明るい娘だ。それと勢いがある。
小さい子供も椅子から下りて、俺に向かってきた。
「こんにちは、東陽さん。私はハルトトと言います」
子供にしてはやたらと礼儀正しい。
「よろしく、ハルトトちゃん」
「ちゃんって何よ! 子供扱いしてない?!」
えっ……子供じゃないのか……
ここでハッて思い出す。確か子供の容姿をした種族がいた事を……
「もしかして、プルル?」
「そうよ! プルルよ! 何か文句ある?」
本当に子供ような容姿でびっくりする。身長も100cmあるだろうか…。ずんぐりむっくりでヨッチヨッチ歩く姿は可愛くして仕方がない。
「いあーすまない。気を悪くしないでくれ」
「まあ、いいわ。こう見えても22歳だからね!子ども扱いしないでね」
22歳……信じられん。口の上手い小学生にしか見えない……。
もう一人の背の高い男が立ち上がった。190cm以上はあり、手足が長い。つまりはバルト族だろう。
「私はファビオだ、よろしく」
バルト族は背が高く痩身で手足が長い。耳も尖って大きく、エルフのような風貌だ。
ファビオは額の真ん中から左側目の下あたりまで痣がある。また、左腕のブレスレットは高貴な光を放っていた。
「東陽です、よろしく」
ファビオと握手をした。一回り以上、手の大きさが違う。手も大きいのか……。
一通り挨拶が終わった所で、全員席に着いた。マリタが口を開く。
「って事でパパ。私たちジェイド団は、ここでの洗礼も全員終わったし、オウブ参りに行こうと思うの」
「そうか、気を付けていきなさい。昔と違い、街道も整備され、大きい魔物も討伐隊が倒している。ただ油断は禁物だ」
「うん、ありがとう。兄さんの手がかりも掴んでくるね」
メラニーが心配そうな顔をして言った。
「いいのよ、クリストフの事は。まずは無事に回ってらっしゃい」
「うん」
するとマリタがこちらを見て、ニヤリと笑った。
「東陽、あなたもジェイド団へどう?」
「えっ?」
「あなたの事はパパから色々聞いたわ。親友を助けるため、あなたの世界への手がかりを探すために世界を回るオウブ参り、一緒に行かない?」
渡りに船とはこの事かもしれない。千堂を探すため、現世へ戻るため、どっちにしろ他の国にも行くつもりだった。仲間がいれば心強い。
「いいのか? 俺、魔法を使えないよ」
「いいよ、いいよ。ファビオだって魔法主体で戦わないし。よし、じゃあ決まり!」
サクサクと話を進めるマリタ。若さゆえのスピード感だと思った。
次の日、四人で調査団の登録へと向かった。
ジェイド団のメンバーはマリタを団長として、ハルトトとファビオの三人だ。そこに俺が加わり4人になる。
調査団は国公認になるためメンバーの登録が必要だ。その際に、ジョブと呼ばれる職業、役割を登録しなくてはならない。
マリタは白魔導士、ハルトトは黒魔導士、ファビオは竜騎士で登録されている。
俺は銃を扱えるという事で銃士として登録することとなった。
これで調査団として活動できるのだが、活動にはギルドと呼ばれる仲介屋が不可欠だ。そこには国や一般人から依頼が舞い込み、壁に張り出される制度となっている。調査団は自分たちができそうな依頼を選んで申請し、依頼を完遂させて、報酬を受け取るというシステムだ。
依頼には難易度が設定されており、報酬も変わってくる。もちろんその分、危険度も上がり、死んでしまっても依頼者が罪に問われる事はない。ギルドには保険があり、難易度によっては強制的に入らされる場合もある。
オウブの有効範囲によって、調査団結成当初は各国土着型の調査団が多かったが、依頼が多様化、遠征化した現在は、まずオウブ参りで全世界の魔法を使えるようになる事が、暗黙の最低条件となった。
セロストーク共和国の洗礼は東陽以外は全て終わっていた。ジェイド団のみんなからは東陽も受けた方がいいと言われたが、この世界の人間ではないので乗り気がしなかった。興味はあったが元の世界に帰ったら、何か違う者になりそうで…。俺はまだ心のどこかで地球に戻れることを想定していた。
出発の日、オリバー宅に集まったジェイド団。それぞれ、旅を想定した大きな荷物を抱えている。オリバー夫妻にお礼と別れの挨拶をした。
うまく現世へ戻る方法が見つかったら、もう会えないかもしれない。命の恩人の二人には感謝しても、しきれないくらいだ。
全員が荷物を持つと、マリタが号令をかけた。
「よし! まずはアレイン川沿いに歩いてグラディー村を目指すわよ!」
「おう!」
ジェイド団のみんなが号令に答えた。
千堂を探すため、現世に戻るため、俺はシャル・アンテールという世界を一周することとなった。
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