マリタの手料理

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マリタの手料理

 セロストーク共和国の首都ハイルは鉱山などが含まれるユルゲンス山脈群に囲まれている。首都ハイルの西にはアレイン川が流れており、その川沿いに生えた樹木たちがコンシュニア森林を形成している。アレイン川はレイロング王国との境にあるアゼドニア湖に繋がっており、目指すグラディー村はそこを拠点に繁栄した村であった。  「東陽、ジェイド団専用のリフォンを渡しておくわ」  マリタから手渡されたのは9のような形をした耳にかけるタイプの魔道具だ。自然エネルギーを蓄積し、一時的に通話が可能になるらしい。一時間の待機充電時間を経て、三分間通話可能になる。軍事用のリフォンは常に通信可能だが、一般社会ではリフォンによる犯罪が増えたためこのような制限がかかっている。ぶっちゃけ、話したいと思ったら魔法で飛んでいけるからそこまでは困らないらしい。  ジェイド団はアレイン川沿いにコンシュニア森林を抜けてグラディー村に徒歩で向かう。道は人が通れるように整備されているが、道しるべ程度だ。休憩などは野営を張る予定で、先人たちが開拓したある程度拓けた所があるらしく、そこを目印に進んでいく。大体、一日、半日程度の所に野営広場みたいのがあるようだ。  四人はそれぞれの荷物を持ち、川沿いを歩き始めた。マリタの荷物はスティックみたいな棒を腰に差し、背中にリュックを背負っている。恰好はTシャツ、ベストに短パン、革靴という探検家っぽい恰好だ。ファビオは長い槍を持ち、金属の胸当て、ブーツを付けている。腰は普通の皮パンだ。リュックも背負っているが、盾もぶら下がっている。ハルトトは黒のワンピースにとんがり帽子、先端くるくる杖と一番ジョブと合っている恰好で、荷物もショルダーバッグ一つで軽快。俺はスーツにリュックという何とも変な恰好だが、現世で通勤をする若者には多いらしい。何キロも歩く事を想定すると手持ちのバッグは厳しいだろう。  首都ハイルを出て一時間、まだ周りには人が多く、旅に出たって感じではない。商人や旅人、もしかしたら調査団もいるのだろう。歩いている人達だけでなく、空にも何人かが飛んだりしている。なるほど……これが魔法か……。 「ファビオ、ジェイド団は飛んだりしないのか」 「東陽は魔法が使えないだろ」  悪気がないとはいえ、そんな嫌味っぽく言わなくてもいいだろうに…… 「それに荷物も多いから飛べたとしてもコントロールが難しい。見てみろ。みんな軽装で飛んでいるだろう」  ファビオの口調は年齢の割に、どうも仰々しさがある。お堅いというか、礼儀正しいというか……。声も低く重みがある。バルトという種族はみんなこんな感じなのだろうか。  確かにファビオの言う通り、空を飛んでいる人はみな軽い荷物だ。魔法を使えるなら空を飛べるなんて余裕かと思っていたが、現実は違うらしい。ファビオは続けた。 「空を飛ぶためには二つの魔法が中心になる。風と火だ。風で身体を上昇下降させ、火で細かく制御する。大きい荷物があればその分、制御が難しくなる。あーやって飛んでいくのは届け屋か近場に行く者だ」 「ふ~ん……結構、大変なんだな」 「洗礼を受けただけでは無理だ。鍛錬を重ねて初めて飛行可能となる」 「意外にスキルが必要なんだな。魔導具に、空が飛べるのはないのか」 「魔導具には、魔力の消費を抑えたり、風や火の制御をしやすくする物はあるが……」 「あるが?」 「高いぞ」  そりゃそうか。そんな便利なものが大量生産されていたら、移動に陸路は無くなるな。  更に周りを見渡すと、馬車というか、馬とラクダを足したような動物が荷物を引いている。 「キョロキョロして。どうしたの、東陽」  ハルトトが話しかけてきた。ヨッチヨッチ歩いている。明るくかん高い声だ。 「いや……あの動物は?」 「あれはスプルよ。背中に一つのこぶがあるから、乗ると背もたれになって便利よ」 「スプル……アクセルが言ってたなぁ。あれがスプルか」 「セロストーク共和国では、スプルレースっていうギャンブルもあるわよ。全世界で荷物運びから乗り物と、人間と密接な関係になっている動物だね」  スプルレース……あ~確かオウブを見に行く時に殺伐とした歓声を聞いた。なるほど、ギャンブルだったからか。 「ほんとに東陽は何も知らないんだね! あはは!」  舐められてるな、俺。これでも十歳は上だぞ。プルル族に笑われると子供に笑われているみたいでどうも癪に障る。良くない、良くないな。冷静になろう。  少し道を進むと森林に入っていく。道の左右はまっすぐな木が並んでいる。神社への入り口みたいだ。右の方からは川のせせらぎが聞こえる。川は見えないがちゃんと沿って進んでいるようだ。  その時、遠くの方で騒がしい音がした。 「おい、なんだ? 魔物か?」 「違うわよ、東陽」  マリタが答える。 「あれは調査団同士の小競り合いね。いるのよね~ここは俺の縄張りだーとか、一番強いのは俺達だーって輩がね。すぐにパパたちの治安維持部隊が鎮圧しちゃうわよ」  暴走調査団、暴力調査団と言ったところか……現世でこういう奴らを散々パクってきたが、こっちの世界でも一緒なんだな…  にしても、俺を襲った魔物などはどこに生息しているのだろうか…… 「マリタ、魔物はどこにいるんだ?」 「魔物はもう少し先かな。この辺はセロストーク共和国の領土防衛隊が監視しているから、そんなには出てこないよ。たまに襲ってくることもあるけど、まだ人が多いからね。すぐにみんなで倒しちゃうよ」 「どれくらい先なんだ」 「今日一日は平気よ、もう少し川を下った辺りからだね。何? ビビってんの?」  この小娘が!  あ、いやいや……。冷静にな、冷静に。だけど、舐められているのはわかった。こいつら俺を舐めてんな……。魔法が日常の世界で魔法が使えなきゃ舐められて当然か。  とは、思いつつも!  やっぱりムカつくわな……年下に舐められているってわかると。  更に数時間進むと陽が傾きかけてきた。木に隠れて太陽は見えないが、夕方になりかけている。 「マリタ、そろそろキャン……野営の準備をした方がいいんじゃないか」 「まだ陽があるじゃん」 「ダメだ。陽があるうちに設営した方がいい」  キャン……野営は、明るいうちに設営が基本だ。真っ暗になってからだと事故につながる。この傾き方だとあと二時間もせずに日没だ。どんなテントを持ってきているのか知らないが、設営は早めの方がいい。 「まあ……初日だし、ここらで一泊しますか」  マリタが言うと、四人は道沿いの少し空間がある所に荷物を置いた。ここを拠点とする。  もはやこれはキャンプではなく、サバイバルだ。限られた道具、限られた資源で生き残る事が目的だ。つまり、ヒロシ(ソロキャンプ芸人)ではなくエド・スタッフォード(世界のサバイバル探検家)にならなきゃダメだって事だ。  キャンプ暦二十年、キャンプなんてやればやるほどサバイバル術も吸収していく。ライターで火を点けるのに飽きて、フェザースティックを作り、ファイヤースターターで火を点け、最終的には原始的な摩擦式火起こしを試す。一通り試して、やっぱり着火剤って楽だなって初めて気付くのだ。  今ある道具だけで火を起こす、これはサバイバルに置いて最も重要な事だ。火があれば、水や食材から寄生虫や細菌などを排除でき、安心して口に入れる事ができる。また暖をとったり、虫よけや獣よけにも活用できる。猿と人間の違いは火を使うか、使わないかなんていう学者もいるくらいだ。  ジェイド団の中に火起こしができる人はいるかな。 「みんなは火起こしした事ある?」  三人は顔を見合わせて、首を振る。どうやら無さそうだ。 「よし、火起こしは俺がやるから。みんなは川から水を汲んで、テントの設営を頼むな」  三人は頷いて、それぞれ散開した。  ここらで俺も使えるんだって所を見せないと、いつまでたっても舐められたままだ。見てろよ、すぐに火を点けてやるぜ。  近くの枯れ木を集めて、枯れ草をまとめた。この世界に来た時に、火起こしは既にやったことだ。平な木に少し穴を開け、そこに棒状の木を入れる。そして、摩擦を確認しながら一気に回す。 「くおおおおおおおおおお!!」  その光景を戻ってきた三人は真顔で見つめている。 「ぬおおおおおおおおおお!!」  三人は真顔で見つめている。 「ぬんぐうううううううう!!」  見つめている。  東陽は枝を叩きつけて、三人に振り返った。 「なんで見てんだよ! 自分たちの仕事をしろよ!」  マリタが不思議そうに声をかけた。 「いや……何やってんの?」 「はぁ? えっ? 何やってるって……火だよ、火! 火を起こしてんの!」 「火は……ほら」  マリタは右手を少し上げて、一回握って手を開くとそこに炎があった。 「魔法で出した方が早くない?」  あぁ……そうだ。そうでした。この世界には魔法があったんでした。火起こしなんてしたことないよね。魔法で点けるんだから。 「そ……そうだね。それで」  でしゃばってイキってキレて……。忘れていた、ここでは俺の常識なんて通用しない。ただただ恥ずかしい思いをした。  ハルトトが更に不思議そうに聞いてくる。 「火ってそうやって起こすんだ。ちょっとやってみてよ」  こいつは鬼か……傷口に塩を塗ってくるじゃん…… 「も、もういいよ。テントを設営しよう」  荷物のある方に俺が歩き始めると、ファビオがこちらの頭上に向かって何かを投げた。手のひらサイズの四角い物体が頭上で止まり、四つ角から十センチ程度の円柱が飛び出し、地面に突き刺さった。すると四方から柔らかい空気の流れを感じた。 「なんだ、これは……」 「魔導具、風の宿だ。弱く薄い風の幕を張る。この中にいればある程度、適温を保たれて虫も寄ってこない」  風のテント……もう理解が追いつかない。俺の知らない世界が目の前にある。更にハルトトが付け加えた。 「警戒はしておいてよね。獣と魔物は入ってくるからね」 「わ、わかった」  俺のサバイバル術……全くいらないな。前提の世界が違い過ぎて、もはや別世界だ。別世界というか異世界なんだけど……。結局、俺はこの世界では限りなく無力なんだな。  落ち込んでいる俺を尻目に、三人は魔法を使って着々と準備を進めていく。薪に火を点けて焚火を完成させるマリタ。奥の林間では風魔法を使って、薪を集めるハルトト。川に雷魔法を落として、川魚を取るファビオ。  いよいよ、俺はお荷物だと認識し始めた。これはツラい。必要とされていない自分、頼られない自分、何もできない自分。三十二歳にもなってこんな思いをするとは思わなかった。それなりの経験を積み、特別事件対策本部という警察のエキスパート集団の一員にもなれた。毎日メディアが取り上げないような極悪人たちを捕まえて、普通の刑事より生死の境を生きてきた。キャンプだってそうだ。ゆるキャン△が始まる前からソロキャンプをして、みんなに白い目で見られた。それでもサバイバル術も学べるという事で友達の山林で過ごしたり、何日もかけて山を登って制覇したり……。  そのすべてが、ここでは使えない代物という……。 「はぁ~……参ったね、こりゃ」  酷く落ち込んでいるとマリタに呼ばれた。 「東陽、ご飯できたよ」  食べる気がしないけど、と思いながらもみんな集まっている焚火の周りに座った。ファビオがとってきた川魚は焚火の周りに差して焼いてある。穀物の入ったスープが焚火の上に囲炉裏のように吊るされて温かさを保っていた。マリタから小麦粉か何かをねって伸ばして焼いたナンのようなものを渡された。木で作ったフォーク、ナイフ、食器、飲み物が入ったコップも目の前に用意されていた。  マリタがコップを持って立ち上がった。 「はい、じゃあ、記念すべきジェイド団一日目! 無事に終わったという事で! 乾杯!」 「かんぱーい!」  みんながコップを合わせて、飲み物を飲む。乾杯は現世と変わらないんだな。飲み物に口を付けると甘酸っぱく、アルコールも少し入っている。 「ファビオ。これ、なんだ?」 「パジュリという果実で作った酒だ。水に薄めて飲む」  ワインみたいなもんか……。フルーティーさには欠けるがレモンとオレンジの中間的な甘酸っぱさがある。どんな果実か知らないが、悪くない味だ。  マリタがスープをみんなの食器に入れてくれた。芋類、豆類がゴロって入っている赤色のスープだ。トマトっぽい香りがある。 「さあ、みんな食べてみて」  みんなが言葉に従い、スープを口にする。  一呼吸置いて、全員が吐き出した。ファビオが口を拭いながら叫んだ。 「ブフーー! なんだ? マリタ! 何を作った!」  ハルトトもフォークを持ちながらマリタに詰め寄る。 「何をどうやったら、こんなまずいスープを作れるわけ?! 舌バカ!」 「なにー! あ、あんたたちー! 作ってもらってその言い草はなによー!」  三人が揉め出した。確かにこのスープは不味すぎる。酸っぱい、しょっぱい、その上何のコクもない。どうやったらこんな料理を作れるのか……。しょうがねぇ、俺が作るか。  喧嘩をしている三人は放っておいて、マリタのリュックから芋と豆、トマトっぽいのを抜き出した。まあ、芋も豆もトマトっぽいのも現世と同じようなもんだ、少し形がイビツだが。  芋を角切りに切って、余っている鍋に豆と一緒に放り込んだ。トマトはもう手で潰す。ぐしゃぐしゃにして鍋の中へ。水を入れて焚火の上へ。煮立ってきたら塩で味付け。芋と豆のトマトスープの出来上がりだ。  まだ、喧嘩している三人に向かった。 「おい、新しいのできたぞ。喧嘩はやめて、こっちに座りなよ」  興奮している三人はフーフー言いながら席に着いた。マリタのスープを元の鍋に戻して、新しく作ったスープを注ぎ直した。 「ほら、食べてみ」  三人とも口に運んでいく。全員の口の中に広がる芳醇なトマトのうまみとコク。それを芋がしっかりと吸っており、噛むと甘みと一緒にあふれ出す。豆が優しい食感を与えてくれるスープに仕上がっていた。  三人とも恍惚の表情を浮かべる。 「どうだ? 俺の世界のキャンプ料理だけど美味しいか」 「うんまい! すごい! 東陽! やるじゃん!」  マリタが興奮しながら言った。ハルトトも続く。 「同じ材料で作ったとは思えないよ! 美味しいよ!」  スープを見つめながらファビオが言った。 「これは美味い……城で食べたスープより美味しい……」  ハルトトがファビオの言葉にひっかかった。 「城? ファビオは貴族なの?」  ファビオはあっという顔をして黙ってしまった。 「なによーなによー。教えてよーファビオー」 「まあまあ。とりあえず、東陽は料理担当ってことで!」  マリタがハルトトの言葉を遮って、俺を任命してくれた。俺はジェイド団の料理担当になった。何でもいいんだ、俺がジェイド団に居ていい理由があれば。地面に埋まるまで叩き潰された俺の心は、少しだけ元に戻った気がした。  食事を終えると、それぞれ地面に敷物などを敷いて横になり始めた。焚火の番を交代で回しながら睡眠を取る事になった。警戒は現世よりも意識は高い。やはり獣ではなく魔物が現れるからだろう。早めに休んだので早めに出る事で一致し、ジェイド団の一日目が過ぎていった。
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