オリバーからの頼み

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オリバーからの頼み

 朝起きると、みんなで川へ水浴びに。シャル・アンテールの人口が少ない事もあり、ガンジス川みたいに汚れてはいない。ここでは男も女も肌着になって潜ったり、体を洗ったりする。とは言っても、水着みたいなものだ。普段から川の水浴びは裸で入る事は滅多にせず、衣服、肌着の着替えは別で行うらしい。  俺も一緒に川に入った。ひんやりと冷たい。サウナの水風呂より温かいが、あんまり入り過ぎると、体が冷えて動けなくなりそうだ。身体を洗って、すぐに川から出た。身体を拭いて、身支度を整えたあとは、みんなで野営地を綺麗に清掃した。この辺りは現世の人達より、しっかりしていると感心した。  オウブからもらったエネルギーは自然のエネルギー。自然を汚すと魔力が使えなくなるとは古い言い伝えらしい。自然に対する姿勢が現世の人達と違うのは、自然から魔力が生まれているという考えが浸透しているからだろう。自然に感謝し、自然に溶け込み、魔力を使わせてもらう。この考えが揺るがない限り、きっとこの姿勢は変わらないだろう。  歩き始めるとマリタのリフォンが鳴った。オリバーからのようだ。話が終わるとマリタが俺に振り向いた。 「東陽、あとでもう一回パパから連絡がくるから、出て」 「俺が?」 「何か話があるんだって。それとこの先の野営地で魔物に襲われて死人が出たみたい。一応、私たちも見に行くわよ」  ハルトトが荷物を持ちながら言った。 「まだ人が多いこの辺で魔物なんて……何人やられたの?」  マリタが答える。 「まだ、わからないわ、領土防衛隊は既に魔物を追っているって。もしかしたら、調査団にも依頼が来るかもしれないから、現場に急ぎましょう」  調査団への依頼は現地でも行われる。大体、国が派遣する軍隊、部隊にギルドの人間が配置されているからだ。このように事件や事故が起きた場合、その場にいる調査団に依頼をすることがある。危険を伴うことが多いので、報酬が大きいのも特徴だ。マリタはそれを狙っているのだろう。  四人は荷物を持って三時間程度歩いた。左右、森林だった道が急にひらけて、川沿いに広い空間が広がっていた。ハルトトが周りを見渡しながら言う。 「ここが一日目の野営地だね。やっぱ地面が平らで広いわ。昨日、私たちが泊った場所は、遅れて街を出た人の臨時用野営地って感じかしらね」  現世のキャンプの知識で考えてしまったので、あれ以上は進めなかった。ほんとに近かったんだな。今度からは余計な事は言わないようにしよう。  ファビオが川沿いに軍隊が揃っているのを見つけた。 「あそこだ。行ってみよう」  四人は軍隊に近付いた。そこにはタンカのような物に乗せられた五人の死体が並んでいた。少しの獣臭と血の匂いが辺りに漂っている。  マリタが軍隊を指揮している人に話をして、しばらくするとテンガロンハットをかぶり、記帳する本と羽ペンを持った男が近づいてきた。どうやら彼がギルドの人間らしい。最初は気分よく話していたが、段々と白熱している。報酬の所で折り合いをつけているようだ。 「なあ、ファビオ。マリタっていつもちゃっかり屋さんなのか」 「交渉事は上手いぞ」 「しっかりしてて好感がもてるよ」  団長として、その能力は非常に重要だ。マリタはあの二人の娘らしく、優しく、芯が強く、そしてちょっぴりちゃっかりしている。  マリタがギルドの男が持っている記帳にサインをして、戻ってきた。マリタの背の奥に見えるギルドの男は少し渋い顔をしているが……。 「魔物退治の依頼を引き受けたわ。五人は寝ている間に襲われてほとんど無抵抗。昨日はもう一組、ここにいて彼らが追っ払ったみたい。その人達は依頼も受けずに魔物を追っているわ。私たちも追って魔物を倒すわよ」  三人が頷いた。 「それともう一つ。報酬は400万バルだから、気張るように!」  ハルトトが飛び上がる。 「やったね! 新しい杖が買えるわ! 燃えるわよー!」  円に換算するといくらだろう……オリバーさんと快気祝いだって言ってバーで飲んだ時に、酒が一杯500~1,000バルだったから感覚は変わらん感じだと思うが。そうなると400万バルって凄いな……。  四人は武器を携えながら、魔物が逃げたと言われる森の方向へと歩き出した。目指しているグラディー村とは違う方向だ。道は獣道程度で鬱蒼としており、なかなか進みづらい。背丈より高い草や木を退けながら前へと進んでいく。  森の中を一時間ほど進むと、少し地帯が変わり、草木の背丈が腰より下程度に低くなってきた。また奥には山が確認できる。この辺りでハルトトがイライラしながら草木を退けている。 「んもう! 邪魔よ! 邪魔! 焼き払ってやろうかしら!」  ハルトトは背が小さいので、草木の影響を受けやすそうだ。特にこの中途半端な背丈が一番堪えるだろう。杖をぶん回しながら、進んでいる。  その時、マリタのリフォンが鳴った。オリバーからだろう。マリタは俺にリフォンを手渡した。 「あ、東陽です」 「東陽くん、少しいいかな」 「はい」  オリバーと話し始めた時、遠くで大きな音が聞こえてきた。獣の声と魔法などの爆発音、戦っている人達の怒声などが聞こえる。マリタがみんなの顔を見て、号令をかけた。 「みんな、行くわよ!」 「東陽はどうするの?」  ハルトトが言う。 「東陽は後から追ってきて! ここで逃したらノーチャンスよ!」  マリタとハルトト、ファビオが一斉に音の方へ向かった。東陽はその背中を見ながら、オリバーの声に耳を傾けた。 「魔物を見つけたのか」 「そのようです」 「そうか……多分、あの魔物は東陽くんを襲った魔物だ。名前をヴァルティペという」 「ヴァルティペ……」 「元は西にあるエバート山に住んでいた魔物だったが、オウブ大戦で焼け野原になってしまってな。エバート山を捨ててコンシュニア森林まで降りてきたんだ。二十頭くらいの群れでな。はじめは大人しく、人の目の付かない所にいたんだが、調査団が見つけてしまい……。体も大きいので勝手に魔物認定されて狩られてしまったんだよ……」 「じゃあ、あの二頭はその生き残り……」 「そうだ。なぜ人を襲っているのかはわからんが、もしかしたら仲間を殺された復讐かもしれん。東陽くんが襲われた後、ヴァルティペたちを奥の森まで追っ払ったんだが……戻ってきて人間を襲うという事は、それだけ憎しみが深いのかもしれんな……」 「復讐……憎しみ……」  戦争で生息地を追われ、大人しく過ごしていたが、人間に見つかり、その手によって仲間は殺されてしまった。現世でも似たような事は起きている。人間の生息地、人口が増えれば増えるほど、自然や野生動物、野生生物にそのしわ寄せがいってしまっている。弱肉強食と言えばそれまでだが、ほんとにそれでいいのだろうか。 「東陽くん。ヴァルティペたちを……君が止めてくれないか」 「えっ……」 「ヴァルティペたちは、はじめはどうあれ、これだけの人数を殺してしまった。軍も討伐に動くだろう。その前に、この事情を知っている人間に殺された方が、ヴァルティペたちも報われるんじゃないかと……」  なんで俺が……って考えが普通は浮かばなきゃいけないんだろうな。だが、俺は違うんだ。こういう時、その気持ちに同調して、俺がやらなきゃって勝手に思ってしまう。  よく上司のタツさんに怒られたっけ、犯人の気持ちを理解するなって。犯罪をする人間の気持ちに触れると許してあげたくなる瞬間が現れる。その隙をつかれて死んだ仲間を何人も見てきた。甘さは命取りの職業だった。 「オリバーさん、わかりました。俺の手で終わらせてみせます」 「頼んだぞ、東陽くん。よく供養してあげてくれ」  そういう言うとリフォンは切れてしまった。オリバーさんはマリタではなく俺に託した。娘に魔物を殺して供養しろなんて頼めないよな。元々オリバーさんに助けられた命だ、ここで張ってやる。  俺はマリタたちの後を追いかけた。  マリタたちは、五分もしない所で戦っていた。まだ数百メートルあるが、目で確認できる。ハルトトが風魔法で草木をなぎ倒し、広場を作った。狼ほどの大きさのヴァルティペと対峙している。 「あれは小さい方か……おい! マリタ! 待て!」  東陽が叫ぶと、先に戦っていた調査団が小さいヴァルティペに襲いかかった。魔法や槍で攻撃をし、東陽が着くまでに勝負はついていた。  勝利の雄たけびを上げる三人組の調査団。マリタたちはそれを少し離れた所から見ていた。そこに東陽が合流した。 「くそ……間に合わなかったか……」 「早かったわね、東陽」  マリタにリフォンを渡しながら話す。 「もう一匹いるんだ、もっと大きいのが」 「え?」  その瞬間、マリタたちの頭上を大きい影が通り抜けた。それは大きい方のヴァルティペで、三人の調査団を一瞬で八つ裂きにしてしまった。  小さいヴァルティペに近付き、何回か舐めると、天に向かって遠吠えをした。そして、こちらに静かに向き直った。恐ろしいほどの殺気を放ちながら。 「来るよ! みんな!」  マリタが叫ぶとみんなが身構えた。これはまずいと思い、俺はマリタたちとヴァルティペの間に立ちふさがった。 「なにしてんのよ、東陽! どいて!」 「こいつは俺がやる!」 「できるわけないでしょ!」 「俺がやらなきゃダメなんだよ!」 「もしかして……あなたを襲った魔物って……」 「こいつだよ、こいつ。でも、違う。そういう理由じゃない」 「どういうこと?」  そう言っている間にもヴァルティペは威嚇の唸り声をあげている。ただウーウー唸っているだけではない。ビリビリと大気が震えるほどの唸り声だ。  ヴァルティペは東陽たちに一声をあげた。 「ガアアァア!」  全員がその圧とプレッシャーに一歩さがった。その隙を逃さずに、ヴァルティペは俺に襲いかかってきた。瞬間、銃を構えたが、スピードについていけずに体当たりを食らう。ハルトトが作った広場の外にふっ飛ばされて木に激突した。 「がふっ……」  自分でも聞いたことのない声が出た。全身に痛みと衝撃が走り、動けない。  マリタが叫ぶ。 「東陽?! ハルトト、ファビオ! いくよ!」  マリタたちはヴァルティペの前で三方向に広がり、包囲した。ハルトトが詠唱を始めると、ファビオが槍で突きを放った。  ヴァルティペは後退する。それを追いかけるようにファビオは突きを突き続ける。  ファビオの突きを避けて、ヴァルティペが反撃に転じると、マリタがファビオの前に光の壁を作った。  それに弾かれてヴァルティペは後退。その間に詠唱が完了したハルトトの炎魔法がヴァルティペに放たれた。間一髪でそれを避けたが、その避けた先にファビオが待ち構えていた。  しっかりと大地を足で踏み、閃光のような一撃を放ったが、ヴァルティペは体をよじってそれを避けた。  着地する寸前にハルトトが風魔法を放ち、少しだけ吹っ飛ばし、体勢を崩した。  ファビオがマリタに叫ぶ。 「マリタ! 東陽の方に行け!」 「わかった!」  そういうとマリタは俺の方に走ってきた。まだ体が痺れて動けない。 「東陽! 大丈夫?」 「げほげほ……あぁ……体がバラバラになるかと思った……」 「すぐに治すから!」  マリタは手から淡い光を出し、俺をかざすとそのまま体は淡い光に包まれた。外傷がゆっくりと治っていく。痛みも衝撃も一瞬で和らいだ。ゆっくりと立ち上がってみる。素早い動きは無理だが、歩く事はできるようになった。 「ありがとう、マリタ。もう大丈夫だ」 「え? ま、まだだよ、東陽。ちょっと待って」 「お、れが……やらなきゃ……」  フラフラだが、マリタの静止を振り切り、広場に戻るとファビオとハルトトがヴァルティペと対峙していた。マリタも後から着いてきた。 「……ふ、二人共。だ、大丈夫か」  ハルトトが俺の方に振り向く。 「あんたの方が大丈夫って聞きたいわよ! すごい勢いで飛んで行ったわよ!」  ハルトトがツッこむ。確かに車に当てられたような衝撃だった。 「マ、マリタに治してもらったよ。あいつの……ヴァルティペの動きを止める魔法はないのか」 「あるけど……詠唱に時間がかかるわ」 「やってくれ。ファビオ、マリタ。その間にヴァルティペの相手をするぞ」  ハルトトは困ったように、マリタを見る。マリタは困惑しながらも頷き、ハルトトは詠唱を開始した。それをヴァルティペは見逃さずにハルトトに飛びかかった。  それに反応してファビオが進路を塞いだ。マリタが少し後ろから俺とファビオの身体に光の膜を張る。防御系の魔法だろう。  ヴァルティペは威嚇を繰り返しながら、ハルトトに襲い掛かろうとしている。しかし、ファビオがそれを許さない。その構えからは雄大なオーラが感じられ、眼光からは鋭いプレッシャーを放っている。  ヴァルティペの動きが少し怠慢になった所で、俺は側面から銃を二発放った。だが、あの時と同じように透明な何かに弾かれてしまう。 「クソ……なんでだよ!」  叫んだ俺にマリタが言う。 「魔力を身体にまとっているのよ。でも、銃弾を跳ね返すレベルなんて……聞いたことがないわ」 「じゃあ、どうすれば……」 「魔力を解くしかない。集中を乱すとか、焦らせるとか……」 「魔物相手に集中を乱すって……」 「もしくは、魔力の膜の中からだね。銃なら密着させて撃てば当たると思うけど……」 「なるほど……やっぱり近づかなきゃダメってことか」  その時、ヴァルティペがファビオに飛びかかった。ファビオは後ろに下がりながら、攻撃してきた手を上から叩く。魔力で守られていてダメージはないが、弾いたり、軌道を変える事はできるようだ。がら空きになった喉元へファビオの槍が迫る。 「カイン流槍術! 破龍刺突!」 「待て! ファビオ!」  俺の声にファビオは技を止めて、大きく後ろに後退した。 「なんだ! 東陽!」 「俺がやるって言ってんだろ!」 「そんなこと言ってる場合か!」 「いいから! 俺がやるって!」  声を出すだけで全身に軋むような痛みが走る。それでも体は前へ。ファビオとヴァルティペの間に身体を無理矢理ねじ込んだ。 「その体で何ができるんだ! どけ! 東陽!」 「そうじゃねぇんだって……とにかくハルトトの詠唱の時間を稼いでくれ」 「何なんだ、一体……」 「わかってるって伝えたいんだ。ヴァルティペに」 「な、なに?」  困惑の表情を浮かべるファビオ。  俺はヴァルティペの目を見た。眼光からは強い怒気を感じる。仲間を殺され、怒りの頂点だ。その目を見て、俺は悲しくなった。もうダメだって。こいつは、殺さなきゃ止まらない目をしていた。  こうなる前に止めてやりかったんだよな、オリバーさんは。  その時、ヴァルティペがまた襲いかかってきた。痛みに歯向かいながら銃を構えて三発撃ったが、やはり魔力の壁に弾かれる。  ヴァルティペの爪が俺に当たる瞬間、ヴァルティペの目の前に明るい閃光が弾けた。マリタの光魔法だ。ひるんだヴァルティペは後退した。 「……助かった、マリタ」 「東陽、パパに変な事言われたでしょ。何が目的なの!」 「だから、俺がこいつを倒すんだよ」 「なんで東陽じゃなきゃダメなの!」  オリバーさんに言われたことを説明する時間はないし、説明してもわかってもらえないかもしれない。こんな人間の過ちと復讐に満ちた話を。 「いいから! ハルトトの詠唱時間を稼げ!」 「もう! あとで説明してもらうからね!」  意外に物分かりが良いマリタ。オリバーさんの性格を理解した上での、判断かもしれない。だが、この判断は助かる。 「ファビオ! 頼むから時間を稼いでくれ!」 「わ、わかった」  ファビオは腑に落ちないながらも槍を構えた。マリタもスティックを構えてヴァルティペの次の動作に気を配っている。  ヴァルティペは、威嚇の雄たけびをあげる。全身にビリビリと来る振動。マリタとファビオは耐えられたが、俺は吹っ飛ばされた。それを目線で追ったマリタとファビオの隙をヴァルティペは逃さず、ファビオに飛びかかった。  ファビオはどんな攻撃が来てもいいように構えたが、ヴァルティペはフェイントかけてマリタに向かった。 「しまった! マリタ!」  ファビオは構えた分、反応が遅れ、ヴァルティペの急な方向転換についていけなかった。凶悪な爪がマリタを襲う。
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