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悲しみと哀しみの魔獣
ヴァルティペの爪がマリタに当たる瞬間、ヴァルティペの足元から草が生え、蔦になり、足に絡まった。蔦は成長をやめず、体中に巻き付いた。そのまま蔦で体を押さえつけ、動けなくした。
「ま、間に合ったわね……」
「ハルトト!」
詠唱を完了したハルトトが魔法をかけていた。植物魔法は土、水、光を合わせる複合魔法なので詠唱に時間がかかる。鍛錬すればかなりのスピードに達する事もできるがハルトトはまだその領域にはいない。
「ちょっと時間がかかったけど、うまくできたわ。東陽! 蔦を切られる前にお願い!」
ふっ飛ばされて、また全身を強く打った俺は手をあげるのが精一杯だった。
「……お、おう」
「ダメね、マリタお願い」
「わかったわ」
マリタが駆け寄ってきて、光魔法をかけてくれた。ほんとにこの光に包まれると嘘のように身体の痛みが和らぐ。頭は少しフラフラするが立ち上がり、俺はヴァルティペに近付いた。
ヴァルティペは身体を蔦に締め付けられて、唸り声をあげている。目の前に立つと凄まじい眼光で俺を睨んできた。俺はゆっくりと話しかけた。
「よう……ツラかったな。だが終わらせてやるから」
ヴァルティペは蔦を振りほどこうと、もがいている。その額に銃を突きつけた。一瞬、見えない膜のようなものを感じたが、これが魔力の膜だろう。銃口を魔力の膜の先に置いた。引き金を引けばヴァルティペの額を撃ち抜くだろう。
動けなくなっているヴァルティペだが、まだ鋭い怒気を発している。こいつはここで死ぬつもりだ。もう怒りの感情のリミットすら壊れて、何もかもわからなくなっちまってる。
「そうなるのもわかるよ……だけどもう……」
元々の住処だったエバート山が戦争で住めなくなり、生きる場所を求めてコンシュニア森林に降りてきた。一時の安堵もあっただろう。だが、そこで待っていたのは人間による殺戮だった。仲間を一匹、一匹殺され、残ったのはあの小さいヴァルティペとお前の二匹。お前の子供かどうかは知らないが、同じ仲間が目の前で殺されたんだ。そうなるわな。
でもよ、先に過ちを犯したのは人間でもよ……。
もうお互いに無差別に殺し合ってしまった。
そうなってしまったら、もう……。
ヴァルティペに同情し、こみ上げる気持ちが溢れてきた。俺だってそっち側だったら同じ行動を取っていたかもしれない。
だが、無差別に殺し合ってしまったら、あとはもう強い方が正義になってしまう。どう足掻いてもヴァルティペは人間には勝てないだろう……。
「こうなる前に……こうなる前に何とかしてやりたかったんだな、オリバーさんは……」
繋ぎ止めてあげたかったんだな。わずかな望みを託して、人間から離そうと思って……。
その時、蔦の一部が千切れ、ヴァルティペの拘束が緩み始めた。それを見たハルトトが叫ぶ。
「東陽! 蔦はそんなに持たないわ!」
ヴァルティペ。何が正解なのか、俺にはわからない。だけど、こんな殺し合いは終わらせなきゃいけない。
だから……
だから、俺がお前のために泣いてやる。
お前の悔しい思い、悲しい思い……
俺が理解してやるよ。
俺の右目からスゥーっと涙がこぼれ落ちた。それを見たヴァルティペが少し覚悟をしたように口元を緩めたように見えた。
「東陽! 早く!」
ハルトトが叫んだと同時に、俺は引き金を引いた。銃弾はヴァルティペの額を貫いた。蔦に押さえられていたヴァルティペは、その締め付けに対抗する力がなくなり、その場に崩れ落ちた。
倒れたヴァルティペを背に、俺は振り返り、マリタたちの元へと歩いた。
「みんな、ありがとう」
マリタたちにお礼を言った。マリタがやれやれといった顔で答える。
「いいのよ、でもあとで教えてね、パパに頼まれたこと」
「あぁ……」
マリタがリフォンでギルドの人と連絡を取り始めた。その後、一時間程度でギルドの人達はやってきてヴァルティペの死体を確認。マリタは報奨金を受け取った。
俺たちジェイド団は一旦、一日目の野営地に戻ることにした。
野営地に戻ると、既に軍隊は去っており、今日セロトーク共和国を出てきたであろう集団がチラホラといた。これがいつもと変わらない風景なんだろう。まだ時間が早かったが、各々が風の宿を張り、すでに焚火や料理などをしている。俺たちは戦闘で疲れたので今日はここで休むことにした。
適当な場所に風の宿を出し、焚き火を始めるとみんなが周りに座り始めた。その時、マリタのリフォンが鳴った。数回頷き、俺にリフォンを手渡した。
「パパから」
「あぁ……」
俺はそのリフォンを耳に当てた。
「東陽です」
「オリバーだ、どうだった?」
「みんなに説明する時間がなく、迷惑をかけてしまいましたが、止めは僕の手で……」
「そうか……ありがとう」
「いえ……」
「辛いことを頼んだな」
「いえ……」
「オウブ参り、気をつけてな。マリタやみんなをよろしく頼むよ」
「わかりました」
そういうとリフォンが切れた。それをマリタに手渡すと、全員の視線が俺に注がれる。
「な、なに?」
ハルトトが立ち上がり、俺に詰め寄ってきた。
「なに? じゃないわよ! どういう事か説明してよ! 一歩間違えればみんな死んでたわよ!」
そうか……そうだよな。ある意味、俺のわがままだ。オリバーさんの頼みを叶えたいと思い、俺はみんなまで危険な目に合わせていた事に気付いた。
「みんなには迷惑かけた。すまない」
一つの事に固執するのは悪い癖だった。現世でもよく犯人を追いに追って、罠にかかったりするのは、いつも俺だった。千堂やタツさんによく助けられて、ぶん殴られた。
今回の件もそうだ。みんなの実力やこの世界の魔物に対して、経験や知識がないまま振り回してしまった。みんなにちゃんと説明しよう。
そのあと、みんなにヴァルティペの生い立ちなどを説明した。一様に暗い顔になったが、理解もしてくれたようだ。マリタが聞いてくる。
「それで、パパからはなんて?」
「オリバーさんには俺を襲った魔物の特徴とその生い立ちを聞いただけだよ。あとは俺の判断でやったことだ。」
「ほんとに? あのパパがねぇ……」
オリバーさんからの頼みとは言わなかった。マリタに余計な心配をかけたくないし、これは俺とオリバーさんだけの事情みたいなもんだったからだ。ただ少し、オリバーさんの性格を知っているマリタは腑に落ちない感じだったが……。
みんなは許してくれたが、無茶はしないようにと釘を刺された。そりゃそうか。一人だけボコボコにやられたわけだしね……。
みんなで色々と話し込んだらすぐに夕飯の時間になった。時間が早く過ぎるというのは、意外と仲が良いのかもしれない。食材を集めにファビオは川に向かったが、魚ではなく小さい海老を捕まえてきた。
「手長エビみたいな海老だな、それ」
「今、繁殖期なのだろう。たくさん集まっていたのですくってきた」
マリタとハルトトは近くの森に入って芋類を掘りおこしてきた。その後、マリタは荷物から粉を出して、揉み始めた。昨日食べたナンというかパンみたいなものを作るのだろう。
「海老に芋……んでパン……」
そういえば油ってあるのかな。
「マリタ、油ってあるの」
「あるわよ。昨日作っておいたし」
「え? 作ったの?」
「うん。そこら辺に生えているのよ。その実を潰して濾して一日放置しておくと分離してオイルになるのよ」
「オリーヴみたいな木があるのか……そのオイル、見せて」
「いいわよ」
マリタはパンを作っている手を止めて、リュックから瓶詰めのオイルを出した。綺麗なオリーブ色のオイルだ。蓋を開けて香りを嗅いでみる。もうこれはオリーブオイルだ。
「これってどれくらい使っていい? 貴重なもの?」
「別に、いくらでも……また取ってきて潰してやれば朝までにそれくらいはできるわよ」
素晴らしいね。オイルには事欠かなそうだ。よし、じゃあ、今日の献立は……。
海老と芋のアヒージョだ。
小さい鉄鍋にオイルを多めに注ぎ、殻とわたを取った海老を入れて、芋も一口大に切って入れる。塩を軽く入れて、芋に箸が抵抗なく刺さったら出来上がり。ハルトトが持ってきた香草も少し入れて香りづけ。ニンニクも入れた方がいいけど、現地調達の野営料理ではそれは難しい。だが、海老から旨味がたくさん出るのでこれでも十分に美味しいだろう。
マリタのパンが出来上がった頃に、こちらもみんなの前に持っていく。
「今日は海老と芋のアヒージョって料理だ。そのまま食べてもいいし、パンに乗せたり、オイルにパンをつけたりして食べても美味しいぞ」
みんながへーっと言う顔をして、食べ始めた。あまりの美味さにハルトトが飛びあがる。
「んまーーーーーい!!」
マリタも興奮気味に食べている。
「んふんふ! 美味しいー!」
ファビオは無言で天を見上げている。
「……」
さすがにここまで喜んでくれると嬉しいね。自信ついちゃうよ。
俺はパンで具材とオイルをすくって口に運んだ。海老の芳醇な香りと旨味、芋のホクホク食感にハーブと塩味が効いている。オイルの香りもまた高い。
「……上出来できだわ、でもやっぱりニンニクが欲しいなぁ……」
「なに? ニンニクって」
マリタが不思議そうに聞いてきた。
「香りが強い野菜だね。根っこの球根を食べるんだけどオイルと相性がいいんだ。栄養も高く滋養強壮にもなるし、殺菌力もあるから風邪が楽になったり。ただ食べた後は少し臭くなるけどね」
「へー。なんかキュウンクみたいな奴かね」
「キュウンク?」
「うん、ちょっと待ってて」
そういうとマリタはリュックを漁り始めた。少しすると小さい小瓶を持ってきた。
「これ、粉末状にしたヤツよ」
渡された小瓶を見るとコルクで栓がしてあり、中は薄い灰色の粉が入っていた。コルクを抜き、少し手に取って香ってみると少し青臭くもあるがニンニクの香りがした。
「これだ! これやん!」
「そうなんだ。これはこういう形をした、これくらいの大きさの奴を粉末状にしたヤツよ。かなり臭いがきついけど、肉とかの料理に使うとこの香りが良かったりするのよね」
マリタが身振り手振りで教えてくれたのは、完全にニンニクだった。なるほどね……何か不思議だけど地球にあるものは聞いた方がいいかもな……。シャル・アンテールも同じように人間が生まれているという事は動植物も同じように進化してきたのかもしれないな。
そう思いながら、ふと川の方に目をやると落ちていく夕日が見えた。それはとても綺麗で、二つとも赤く輝いていた。
ん?
二つ?
なにが?
あ、太陽が?
え?
「太陽二つあるじゃん!!」
あまりにびっくりして、太陽を指差しながら俺は叫んだ。マリタがびっくりしながらも答える。
「太陽? あれは大きい方がファル。小さい方がファルチっていう名前のお星さまだよ。シャル・アンテールに熱と光をもたらしてくれるの」
「え? じゃあ、あれは?! 月は? 俺、夜にでっかい月を見たぞ!」
別に月を聞きたいわけではなかったけど、二つある太陽にびっくりして月まで聞いてしまった。
初めてシャル・アンテールに訪れた時に見た、月。でかくて大きかった。あの時はまだ地球のどこかだと思っていたんだよな……。
「月? 夜に出ているお星さまで一番大きいのはロッシ。安らかな休息と道が見える程度の光をもたらせてくれるの」
でも、よくよく考えると月があるって凄いよな……。宇宙規模で地球に似てるって事だもんな……。
「ロッシの他にも六個あって、全部で七個あるわ」
「え? 月が?」
「月って言うのがどういうのか知らないけど、夜に光をもたらせてくれるのはその星たちね。大きい順にロッシ、ルッソ、ビアンキ、コロンボ、ロマーノ、リッチ、ガロって言って、夜に大きく見えるのはロッシ、ルッソ、ビアンキまで。他の四個は明るいお星さまだね。星が見えてきたら教えてあげるよ」
つまりシャル・アンテールの衛星が七個あり、その内三個が月の大きさ程度に見えて夜にかわるがわる出てくるってことか。
「なんか、ほんとに異世界にいるんだな、俺は…」
何度も噛みしめるこの感覚。いずれは慣れるのだろうか。
「まあ、いいや。全員の皿をちょうだい」
「まだ食べてない!」
ハルトトが皿を抱えて拒否をする。
「これから魔法をかけるんだよ、早くちょうだい」
「魔法? 東陽が?」
ハルトトが鼻で笑う。ムカつくな。
「早く貸せ!」
半ば強引にハルトトから皿を奪い、全員の皿にキュウンクの粉を振りかけて、上から熱々のオイルをスプーン一杯ずつ入れた。その瞬間、キュウンクの香りがより立つ。全員がその香りを吸って恍惚の表情を浮かべる。
皿をみんなの前に戻した。すぐに飛びつく三人。もはや美味いとかいう前に無言で食べ続ける。感動するより口に運びたい欲求が勝っている証拠だ。
俺もパンですくって一口。うん、やっぱりキュウン……ニンニクっぽい香りと味があると全然違う。食欲増進効果も高い。現世のキャンプ場で流行るわけだ。
みんな、そのまま食べ進めて大満足したようだ。
腹も満たされ、そろそろ寝る準備をする前に焚火を囲みながら少し談笑が始まった。
そういえばみんなの出会いを聞いていなかったな。棒で焚火の薪を突きながら聞いてみた。
「三人はどうやって出会ったんだ?」
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