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転生 東陽京平
親友、千堂葉介が失踪して二年。
やっとの思いで証拠をかき集めた。俺は今、この証拠を突きつけて葉介がいなくなった原因を突き止めるために、ここ神埼東一郎議員の部屋の前に来ている。
仰々しいドアを静かに開けると、奥に大きな机、大きい窓が見える。手前には向かい合ってのソファ、とテーブル。応接用だろう。机の奥に座っているスーツを着た男が一人、タブレットを見ていた。
静かにドアを閉め、その男の前へと歩いていく。
男が俺に気づき、タブレットを置いてこちらを見た。俺は大きい机の前で止まった。
「何だね? 君は……SPか」
「……神埼東一郎議員ですね」
「……そうだが……」
俺は警察手帳を取り出して、ひらいて見せた。
「特別事件対策本部第二課所属、東陽と申します。あなたに聞きたい事があります」
特別事件対策本部と聞いて、少し顔色が変わった神埼。特別事件対策本部、通称「特対」は警察でも難事件やテロ事件を扱う、超特殊な捜査課だ。現場の刑事に大きな裁量を与えており、最悪犯罪者をその場で射殺して闇に葬ってもお咎めはない。対凶悪犯罪組織に対する警察の暗器のような存在だ。邪な権力者に取っては目の上のたんこぶだろう。
「……特別……なるほど。それで、何の用だ」
俺は警察手帳をしまい、マイクロエスディーを取り出した。
「ここに二年前の監視カメラ映像があります。一緒に見ていただけますか」
「……あぁ、いいだろう」
そういうと神埼はタブレットをイジり、俺に手渡した。俺はマイクロエスディーを差して、動画ファイルを開いた。
タブレットに映像が映し出される。
薄暗い部屋、議員室に東陽の親友千堂と神埼が映っていた。音声は入っていないようで何を言っているのかはわからない。少し経つと言い争うような事をはじめて、もみ合う形になった。
その時だ。
一瞬、二人の体が光り、その光が画面を覆う。次に映し出された映像には、千堂だけがいなくなっていた。
残されたのは神埼だけで、その場で少し周りをキョロキョロしている。その後、ネックレスを握りながら立ち上がり、周りを見渡して、そのまま部屋を出て行ったところで動画は終わっている。
「……以上です。神崎さん、千堂はどこですか」
「…………」
「答えないなら仕方ありません。同行してもらいます」
神埼は胸から下げている親指くらいの大きさの、石のようなネックレスを触りながら、一つため息をついた。
「……この動画のままだ」
「ままとは?」
「消えたんだよ、千堂くんは」
「……消えたとは? この動画はフェイクでしょう。光る所までが真実であとは切り貼りしたんだろう。鑑識に回せば一発だ。千堂をどうした! 神埼!」
「……さあ、私にはわからない。その動画の通りだ。消えたんだよ、目の前でな」
俺は興奮を抑えられずに、神埼の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「ふざけるなよ、神埼。千堂をどこにやった?! 殺したのか?! あぁ?!」
「くっ……止めろ!」
「千堂は俺の同期で何件も一緒に事件を解決してきたんだ! 一緒に死線をくぐり抜けてきたんだ!」
「はな……離すんだ!」
「どこにやりやがった! 神埼! 答えろ!」
「ぐっ……いい加減にしろ!」
神埼は東陽を力いっぱい振り払った。その拍子に、神埼のネックレスに東陽の腕時計が激しく当たった。
瞬間。
辺りは光に包まれる。俺はまぶしさに一瞬目を閉じた。
次に目を開けた時は、深い深い森の中だった。
視界に映る景色の、あまりの変化に脳がついていかない。俺はその場で動けなくなった。
――なんだ……何が起きた……
――どこだ、ここは……神埼は?!
周りを見渡してみるが、神崎の姿はない。それどころか、完全に森の中だ。獣か、鳥、昆虫の声が響き、土と木々のにおいがする。
パニックになりながらも冷静さを取り戻そうとする。だが、意味がわからない事が多過ぎて、解決に向かわない。俺はその場に力なくしゃがみこむしかなかった。
どのくらいの時が経っただろう。とりあえず、これは夢でない事は分かった。自分の五感は全て正常だし、周りにある景色、空気、匂いもすべてが現実のモノだ。
――とにかく……
――俺は何らかが原因でこの森に放り出されたらしい。
もみ合っている瞬間、麻酔銃でも撃たれて放り出されたか……
だが、体のどこにもそのような傷はなかった。
少し冷静になり、周りを見た渡す。月明かりが随分と強く、真っ暗闇というわけではない。視界が薄っすらと見えるのは幸いだ。気温も夜の森の中にしては過ごしやすい、スーツを着てても汗はかかない。
耳を澄ますと、森の音の奥に水の音が聞こえた。近くに水場がありそうだ。喉も乾いている事だし、一旦はそこへ向かう事にした。
二〇分も歩くと水の音が大きくなってきた。森林が切れて、目の前がひらけると石がゴロゴロしている。そこから少し進むと川が見えた。
「お、川だ」
嬉しくて、思わず口に出た。小走りになりながら、川に向かっていく。川の近くは、羽虫が多く飛んでいて、少しうざったい。さらに大きな石が何個も重なっていて、腰ほどの高さになっていた。
川に手を入れると冷たく、また適度な流れを感じる。
「飲みたいが……煮沸してからにするか……」
東陽はキャンプ好きだ。どんな水でも危険がある事を知っている。蒸留する道具があればいいが、スーツで大自然に放り出されたので、荷物は何もない。
――ちっ……タバコやめるんじゃなかったな……
タバコをやめるとライターと小銭を持ち歩かなくなる。こんな時のためにライターは……ってどんな時だ……
火を起こすには摩擦力の高い枯れ木、火口となる燃えやすい草や木が必要だ。俺は一旦、川から離れ森に戻って、枯れ木と枯草を持ってきた。
石で風除けを作り、枯草を入れておく。枯れ木は近場に置き、板状の一本と棒状の一本を選んだ。板状の木に棒状の木を立てて、摩擦が起きるように少し回した。最初からフルパワーでやると疲れてしまうので、木が摩擦で熱くなるまではゆっくりと回す。
何度か回して、木を立てている部分を触って、熱を感じる。大分、熱を感じるようになってきたら……。
少し気合を入れて、一気にフルパワーで回し始める。
「おりゃーーーーーー!!」
誰もいない川沿いに東陽の気合の叫び声が響き渡る。鳥も逃げ出すほどの大声だ。
「ぬりゃあーーーーーー!!」
回すスピードも最高速だ。だが、気合とは裏腹に煙は出るが火種ができない。
「ふんぬぐぅーーーーーー!!」
結局、東陽は三〇分、木を回し続けた。やっとの思いで火種が出来上がると、藁のような枯草で包んだ。
小さい声でよーし、よーし……と言いながらやさしく息を吹きかけていく。すると次第に煙が立ってきて、一気に炎が生まれた。
「よっしゃ!!」
この炎が生まれる瞬間は何度経験しても興奮する。キャンプで魅せられている部分だ。
そのまま、石で作った焚火場に放り込む。枯れ木を乗せて、火を移らせた。
「これでもう大丈夫だ……ふぅ……」
しばし、その揺れ動く炎に心を奪われる。不規則に光り、揺らぐ炎は人を惹きつけてやまない。
「あ、違う。水だ、水」
思い出したかのように、立ち上がり、先ほど持ってきた枯れ木の中から竹を持ち出した。ちょうど五〇センチくらいの竹で節のところで折れている。縦に割り、器にして、川で水を汲んできた。それを焚火の上に置いた。
水の入った竹はすぐには燃えない。これで少し経てばお湯が沸くはずだ。
また、焚火の煙で羽虫が大分いなくなった。お湯が沸くまで、ぼーっとしながら、棒で焚火をイジったりしていた。ふと空を見上げると、綺麗な星空とやけに大きい月が目に入った。
――月って……あんなに大きいかったっけ……
普段見ている月より大きく感じた。そして、星の位置も違うような……。
――あれ、これ……いつも見ている空じゃない?
嫌な予感が浮かび、寒気がした。
――ここ、日本じゃないのか……?!
そう思うと、この枯れ木も草も見たことがない種類だ。
「日本じゃない?! ここは日本じゃないぞ……」
神埼を問い詰めた刹那、何かしらの方法で俺は眠らされてここに連れてこられたのだろうか。それ以外に、考えられない。俺は、記憶を飛ばされて、異国に連れてこられたのか……。
勝手な推測を頭の中で巡らせていると、唸り声が聞こえた。俺は、音を立てないように身構えた。
ここが日本でないのなら、何がいてもおかしくはない。野犬、野良猫、熊なら日本にもいるが大型の肉食ネコ科だっている可能性がある……。
唸り声は森の方から聞こえるようだ。目を凝らして見るが、さすがに月明かりだけでは確認する事ができない。目線を唸り声がする方向から外さずに、火のついた薪を持ち、森が見えるようにかざした。
その時、目に飛び込んできたのは、知っているオオカミの二倍の大きさの獣だった。
「……マジかよ……。どうすんだ、これ……」
獣は東陽を見ながら唸り声をあげている。今にも飛びかかってきそうだ。
「日本じゃないなら、防衛って事で……」
俺は静かに銃を抜いた。それに臆することなく、唸り声をあげながらゆっくりと近づいてくる獣。
近くにやってくるとその大きさに驚愕する。サラブレッドほどのオオカミだ。
「この森の守り神か何かか……その大きさが信じられないんだけど……」
体から冷や汗が噴き出る。目の前の獣は、明らかに規格外。自分の持っている拳銃、SIGP229が通じる相手とは思えなかった。急所を外したら、そのまま覆いかぶされて一巻の終わりだ。
獣と東陽の対峙が五メートル圏内になった時、東陽の横からもう一匹の獣が飛び出してきた。大きさはちょうどオオカミ程度。その獣の牙は東陽の喉を切り裂いた。
東陽はその場で片膝をついたが、すぐさま拳銃を大きい獣に向けた。すぐに首の傷の具合を確かめる。手で触ると生温かい血の感触がする。傷はかなり大きく、血が噴き出していた。
その様子を悠々と見ている獣たち。小さい獣が東陽の周りを回って、飛びかかる機会を狙っている。東陽が流す血の量を見て、弱るまで待つつもりなのだろう。
止血のために首を圧迫するが血は止まらない。出血多量の前に、出血性ショックで意識が飛んでしまう可能性がある。この獣たちを一刻も早く倒すしかなかった。
拳銃を大きい獣に照準を合わせて、二発発射。森の中にバン! バン! と銃声が響き渡る。だが、その弾は獣の前で弾かれてしまった。
「なに?! なんだいまのは?!」
その瞬間、小さい獣が東陽の脇腹に噛みついてきた。肘を落として、振り払ったがその瞬間を大きい獣は見逃さずに、東陽を爪で襲った。東陽は吹っ飛び、石に叩きつけられた。
首、脇腹から血が噴き出し、意識が朦朧としてきた。
――ちくしょう……ダメか……
意識が深い闇に落ちていく中、蹄の音と誰かの声が聞こえた気がした。
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