ひと夏の思い出

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針を百本くらい落としたら、一緒にあの太陽も落ちてくれないだろうか。 アブラゼミが泣き喚く夏の午後。 僕は一人でそんな事を考えていた。 祖母が地面に撒いた打ち水はすっかり蒸発してしまい、むしろ辺り一帯の蒸し暑さを酷くしているし、涼やかであろう風鈴の音は前述のセミにボロ負けしている。そもそも風が吹いていない。 縁側で伸されている僕の事を、憎き夏の太陽は空高くから嘲笑っている。 空のコップに取り残された氷がカラリと音を立てた。きっと、彼もまたこの馬鹿みたいな暑さに文句を言っているのだろう。見れば、僕以上に汗をかいているではないか。 打ち付けに現れた夏の友人と共に、この暑さに文句を垂れ合っていると、祖母が僕の元へやってきた。 手には豚らしき生き物が模された蚊取り線香と、キュウリが数本。 僕は礼を言い、蚊取り線香を傍に置いてからキュウリを齧った。 ポリポリっという気持ちの良い食感に合わせて、青々しい水の味が口の中にどんどんと広がっていく。夏の味って感じだ。 太陽はこの夏の味を楽しむ事は出来ない。そう考えると、少し嬉しく思える。溶けゆく氷もまた、コロリと音を立てて僕の思いに同意する。 僕は塩と麦茶を取りに立ち上がった。 何だかんだ言って、暑くなきゃ夏じゃないのだろう。心からそう思えた。
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