憧憬

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投げやりな気持ちで制服のポケットにスマホを突っ込んで、ため息を吐く。 顔を上げると、自宅がもう目の前に見えていた。 物心ついた頃から住んでいる一戸建ての自宅は、最近外壁を茶色から薄いベージュに塗り替えた。他人から見れば微妙な差なのだろうけど、あたしにはそれにものすごく違和感があって、未だに見慣れない。 いつも以上に憂鬱な気分で自宅の玄関に近づくと、閉ざされたドアの向こうから明るく透きとおるようなピアノの旋律が漏れ聞こえてきた。 音大に通う姉が、もう既に帰って来ているらしい。 耳を澄ませば聴こえてくる姉のピアノの音色は、綺麗で優しくて穏やかだ。 姉のピアノは、昔から周囲の評判が高い。 あたしの両親────、とりわけ母は、そのことがとても自慢だ。 けれどあたしは、ドアノブを握りしめたまま、すぐに玄関のドアを開けることができなかった。 あたしはどちらかというと、音楽はあまり選り好みなく聴くほうだ。だけど昔から、クラッシックだけは好きじゃない。 なかでも特に嫌いなのは、ベートーヴェンだ。
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