ピロートーク

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ピロートーク

「あーもう服着ちゃったんですね。」 恥ずかしげもなく、裸体のままこちらを見る晴生がいかにも残念そうに呟いた。冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注ぎ、手渡した。 「ごめん。」 後処理させてごめん、とは恥ずかしくて言えなかった。裸の男を直視出来ず、地面に脱ぎ散らかした晴生の服を集めて、ベッドに置いた。自分が履いていたボクサーも一緒に出てきたが、それは投げて隅へ追いやった。 ベッドに腰掛け、煙草を探したが見つからない。無性に煙草が吸いたい。換気扇の下だ、と思い立ち上がったが、思いのほか晴生が至近距離にいて、こちらの様子を伺っているのが分かった。 「大丈夫ですか?」 二人とも立っていて、一人は何も身につけておらず、俺はベルトまでいつもよりきつく締めて完全防備にも関わらず、自分の方が丸裸でいるみたいに落ち着かない。 晴生を避けて換気扇の下に行こうと思っていたら、その企みが見破られていたかのようにそっと抱き寄せられた。この部屋は狭く、逃げるスペースがない。 「よそよそしいですね。」 「……」 「さっきあんなに可愛かったのに。」 俺を試しているのか、耳元で話されると、また胸がキュッとなる。 「……」 「もう一回したいって言ったらどうします?」 体が強ばったのが伝わったのか、晴生は笑い出した。 「冗談ですよ。」 頭を撫でられて、顔をのぞき込まれた。 「体、大丈夫ですか?」 さっき返事を返していなかったが、心配そうに見つめられると、返事をするしかない。 「意外と平気。ごめん、処理とか」 言いながら、恥ずかしさと申し訳なさで目を逸らした。事後に体を気遣われるなんて女みたいだ。 「ほんまに可愛いな。今ネガティブ発動してるの分かりますよ。」 痛いくらいにギュッと抱きしめられた。晴生のにおいが鼻腔をくすぐる。ゴツゴツした俺より少し大きな手で撫でられると安心してしまう。 「毎回ああなってもええよ。俺の好きに出来るし。」 晴生の引き締まった腰に恐る恐る腕を回した。 「今度からはちゃんとするから。ごめん、あんまり覚えてなくて。」 抱き合っていると、見つめられるより素直になれる気がする。晴生もそれが分かっているのかもしれない。 「いやや。ちゃんとするってすぐどっか行って服着るでしょ。」 「男の体なんか見て楽しいもんでもないだろ。」 「大輔さんの体ってすべすべしてて気持ちいいし、たまに触っててびくってするのとか見たいし。お尻も好き、あと鎖骨とか、意外と胸板厚いとことか、とにかく全部好きです。」 晴生はイタリア人だった。いつも俺に甘い言葉をぽんぽん投げつけて、俺は嬉しさと恥ずかしさで返事に困って黙るしかない。 「照れてます?」 「もー大輔さんって小動物っぽいですよね。追い詰めたくなる。」 もう一度強く抱きしめられた。俺も回した腕の力を少し強めた。 「晴生のこと今まで犬だと思ってた…でも豹だって気づいたよ今日。」 ポロッと本音が出た。 「結構同じこと考えてたりしますね。食われるって思ったんですか?」 「…食われても良いって思った。」 何でも言えそうな気持ちになっていた。 「……」 「今俺が何考えてるか分かるか?」 「んー。もう一回食ってくれ、とか。」 冗談なのか、本気なのか分からない。俺がそうだ、と言ったらどうする気なのだろう。若い晴生に合わせてやりたいとは思っているが、さすがに腹が空きすぎてもう限界だった。今日一日ずっと腹が減っていた気がする。 「腹が減ったから飯行こう、だよ。」 晴生がため息をついた。 「大輔さんってほんま酷。今の絶対あかんやつでしたよ。」 ぱっと解放され、晴生は服を着だした。俺はトイレで用を足した後、一応急いで歯を磨いた。晴生が来ると歯を磨く回数も増える。先に煙草を吸えば良かった、と思ったがもう既に磨き終わっていた。 晴生の歯ブラシに寄り添うように自分のものを立てかけ、頬が緩んだ。 洗面所から出ると、晴生が今度はちゃんと服を着て、煙草を燻らせていた。昼間と同じ角度、同じ横顔。ゴーーーと鳴る換気扇。 服を着ていても引き締まっているのは熟知している。結局直視出来ない。自分の邪な考えを追いやろうとしても、先程のことが生々しく思い出され、勝手に体が熱を帯びる。 晴生に近づき煙草に手を伸ばし、急いでライターで火を付けた。晴生の隣で壁にもたれ掛かり深く吸い込んだ。 「今エロいこと考えました?」 晴生は煙草を吐き出しながら、こちらを見やり微笑んだ。図星で言葉が出ず、頭もクラクラした。 「大輔さん、禁煙してくれます?」 急に何を言い出すんだ、と思いぽかんとしてしまった。 「何で?」 「長生きして欲しいじゃないですか。それに俺以外に依存されたくなかったり。」 そんなことを考えていたとは、驚きだった。そんな可愛らしい理由なら止められる気がした。そして別れたらまた吸い出すんだろうな、と元妻を少し思い出した。 「止めてもいいよ。」 今度は晴生がぽかんとした。 「止めれるんですか?」 「止めてる時期もあったよ。」 元妻に言われて、と伝える必要はない。 「嫌なら止めるよ。」 「禁煙外来とか行くんですか?」 やけに食いついてくる。晴生が以前喫煙者だったことが発覚した今、今まで俺が吸っている隣で、相当我慢していたのかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになった。 「んー無理そうだったら行こうかな。」 「前はどうやって止めたんですか?」 「……気持ち悪くなったりして自然と。」 「そんな急に?」 少し話しすぎたかもしれない。灰皿に灰を落とし、もう一度深く吸い込む。もう吸えなくなると思うと、短くなっていく煙草が急に名残惜しい。晴生は勘が鋭いし、止めるならきっぱりとやめてしまいたい。 煙草を灰皿に押しつけ消し、また壁にもたれる。 また一人になったら煙草の元へ戻ってしまうだろうが、それまでは晴生の言うことを聞いていようと思った。それくらいこの男にもう惚れてしまっている。 「好きだよ。」 晴生と目が合った。かなり驚いた顔をしている。 「晴生が好きだよ。」 目をしっかり見つめながら、恥ずかしさもまだあったが、目を逸らさず言い放った。煙草を吸って気持ちも落ち着いたのか、ニコチンとタールが俺を応援してくれたのか、思ったことを伝えてみようと決めた昼間の自分がいた。 「俺も大好きです。」 にこにこと笑う晴生を見ると言って良かったと思えた。 「あ、今日泊まって良いですか?」 「…いいよ。」 もちろんそれはいいが、先程のやりとりで今日の夜の心配をした方がいいのか、冗談で言っていたのか分からなかった。 「今日は好きな物食べて、飲んで良いですよ。」 晴生がニヤニヤしながら付け足した。 「すぐ顔に出るから分かりやすい。」 「あ、そういえば西瓜忘れてましたね。」 急に恥ずかしくなったが、勢いで聞いてみようと思い換気扇を見ながら尋ねた。 「明日一緒に買いに行けばいいだろ。……どれくらい分かってるんだ?」 「聞きたいですか?」 こちらの様子を見て、楽しんでいる晴生はいたずら小僧のようだ。 「聞きたいけど、聞きたくないかな。」 思ったままに答えると、晴生がこの会話を楽しんでいるのが伝わってきた。 「大輔さんが俺のこと大好きって伝わるくらい。今日は良い発見もあったし。」 「良い発見?」 目が合う。晴生は満面の笑みを浮かべていた。今日何を発見したのか、色々起こりすぎてどれがばれているのか、それとも全部ばれているのか、もうどうでもよくなっていた。それより知りたい欲が勝った。 「なんだよ?」 晴生は俺の前に立ち、するっと長い手を伸ばし俺の前側のベルトループを掴んだ。二人しかいない部屋で声を潜めて言った。 「大輔さんっていつもきれいなんですね。」 俺は聞くんじゃなかった、と俯き何も言葉が出なかった。顔から火が出そうだった。 晴生から逃げるように、換気扇のボタンを乱暴に押して、財布を取りに机まで行き、ポケットに突っ込み、部屋の電気を消した。 晴生は壁にもたれながら俺が慌てているのを楽しんでいる様子だった。俺ばかり振り回されていると思うと少し腹が立った。 「腹減った。今日は食べるから。」 晴生を横切りながら言い捨て、玄関に向かった。 「お風呂一緒に入りましょうね。」 後ろから声が追ってきた。数秒前に食べてやる、と意気込んだが、その決心が晴生の一言ですぐに揺らいだ。 二人で外に出ると、夕立の名残か大分涼しくなっていた。風が心地良い。二人で外出することへの抵抗感ももう消えていた。
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