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しばらくして、合田が上役に呼ばれて席を離れると、次々に同僚達が野村のところへ集まってきた。
「あんなの気にするなよ」
「相変わらず物の言い方がきついよね、合田部長」
「褒められたことのあるヤツ、誰もいないしな」
「存在がパワハラだよな。見た目からして怖いし」
「そうそう! まず会社員には見えないだろ」
「黒塗りのベンツの人達が部長には頭下げてくって聞いたぞ」
「なんでも、幼稚園のときにはもう身長も顔つきも園児離れしてて、節分のイベントで鬼の格好した園長が、それこそ鬼の形相で豆を投げつけてきた合田部長の怖さに逆に泣いたって聞いた」
「おいおい、さすがに嘘だろ、それは」
「でもありうるよね、あの人なら」
笑いが起きて少し場が和む。
「前いた会社じゃトップの営業成績だったから、社長が引き抜いてきたんだろ? うちはエンジニア気質の上層部が多くて、そういう人材いなかったからってんで。実際のとこ、顔が怖すぎてクライアントが断れなかったってだけだったんじゃねえの? 絶対に断ってはいけない営業部員」
野村の隣席の近藤が茶化した口調で言うと、「そうかも」「言えてる」とまた笑いが起こった。野村もだいぶ気分が楽になった。近藤がその肩をばんばんと叩く。
「よし、気分転換に今日は飲みに行こうぜ。明日は休みだしさ。駅前に新しくできた沖縄料理の店がなかなかよさげだったからさ」
「あ、私も行っていいですか? あそこ気になってたんです」
「津森ちゃんも? いいよいいよ。みんなで合田の悪口大会でもしよっか」
「やだーひどいですよー」
そう言いながら、女子社員達もけらけらと笑っている。
近藤は振り返って、少し離れたところに座っている社員にも声をかけた。
「なあ、後冷泉、お前も行くだろ?」
後冷泉と呼ばれた青年は、銀縁眼鏡のブリッジを指で押し上げながら素っ気なく断った。
「僕はいいです」
「なんだよ、付き合い悪いなお前は相変わらず。そんなんじゃ社会人失格だぞ」
近藤のこのセリフもなかなか失礼では、と野村は思ったが、後冷泉は「すみません」とまったく済まなそうには見えない態度で言い、パソコンの画面に視線を戻した。
「ったく、あいつも部長とはまた違ったタイプの厄介者だな」
小声で近藤が不満を洩らすと、津森も合わせて声を潜め、「でもあの人、わりと女子社員からモテるんですよ」という情報を寄越した。
「そうなんだ?」
野村は思わず彼を振り返った。
確かに、眼鏡をかけてはいるが、白皙の美青年、という古めかしい表現が似合う目鼻立ちの整った顔貌をしている。背も高いし、普段の仕事もそつがなく、声を荒げたり慌てたりしているところも見たことがない。女子的には優良物件なのかもしれない。
「こないだ、経理の有原さんが後冷泉さんに告白したらしいんですけど、断られたそうです」
「えっマジで?」
近藤は前のめりになる。
「有原さんてあの美人だろ? 信じらんねえ。貴族みたいな名前してると思ってたが、やっぱお高く止まってんなあ」
後冷泉貴人は、自分の噂話が出ていることに気付いているのかいないのか、まったく意に介さず、仕事を続けている。
「まあいいや。あいつ抜きで沖縄料理食べに行こうぜ」
近藤の仕切りで、夜の飲み会がセッティングされた。
野村はやり直しを命じられたプレゼン資料を手に取り、溜め息を一つついてから「よし」と声に出して気合いを入れ、自分のパソコンを開いた。
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