夏の魔物

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「……涼子ちゃん、そりゃ、悔しいよね? 辛いよね? 温子ちゃんを踏み殺した連中は、まだどこかでのうのうと生きてるんだもの。でもね、こんなことしたって、なんにもならないんだよ? 温子ちゃんや、涼子ちゃんや、ご両親のように痛い思いや悲しい思いをする人が、増えるだけだよぉ……」  嗚咽を漏らしながら、おばさんが背後から私の体を抱きしめる。  ――そうだ。姉を殺した連中は誰一人として特定されず、今ものうのうと生きているはずなのだ。  もちろん、祭りの責任者たちはそれ相応の罰を受けた。けれども、姉は直接彼らに殺されたわけじゃない。  我先にと逃げ出して、小学生の女の子を突き飛ばして、助けもせずに踏みつけて、踏みつけて踏みつけて踏みつけて踏みつけて殺した連中がいるのだ。沢山、沢山! 「……おばさん、私ね? さっき、とても幸せな幻を見たの。私が過去に戻って、お姉ちゃんが悲惨な目に遭わないように、運命を変えたのよ。『妹が不安がってるから休憩所にすぐ戻って』って言ったら、お姉ちゃん、ちゃんと引き返してくれたわ」 「涼子ちゃん……?」 「でも、それは全部幻なのよね。私の罪悪感が見せた、ただの幻。実際のお姉ちゃんは、誰も助けてくれなくて、たくさんたくさんたくさん踏まれて、苦しんで死んだわ」
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