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大抵の旅先のベッドは素っ気なく、何の匂いもしない。
でも、ここは少し違う。
どこからか甘くスパイシーな香りが漂っていて、心地よくサキを包み込む。その香りは不思議にノスタルジックな感情を呼び覚ます。
浅くなった眠りの中、そばにいる芳之を抱きしめようとした。が、その腕は空を抱く。
腕の中にいたはずの芳之がいないことに気付き、瞼を開けた。体を起こしてベッドルームを見回すが、彼の姿は見当たらない。外の様子はよくわからないが、部屋は薄暗く、まだ明け切っていないようだ。
ベッドを降り、傍のラタンの椅子に掛けておいたバスローブを羽織る。芳之の分もそこに置かれたままだ。それを手に取り、ドアを開ける。
ベッドルームを出ると、そこは壁のないオープンエアのサンデッキだ。眼前に広がる濃い緑色の木々と、豊かな水が流れる川。エアコンの効いたベッドルームとは違い、ここはむせかえるほどの木々の香りが高い湿度を帯びて、サキにまとわりついてくる。
静かなそこで聞こえるのは、川の流れる音と、雨音。
虫や蛙の鳴き声。
その中に途切れ途切れに聴こえてくる、澄んだ金属音。
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