与えられた選択肢

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 影縄が狼の案内のままに癒しの宮に行く。中に入ると、秋也はまだ目を閉じて眠っていた。あの時の血の臭いは既にない。ふと小僧の頬を指の背で触れてみたが、何の反応も無かった。鼓動は穏やかに続き、胸も上下しているので生きているのは分かる。だが黒い瞳が瞼に隠れていると何だか不安でたまらなかった。 『お前を喪いたくない……だけど私も死にたくない……ごめん……我儘言って……』  小僧が涙を流すところを初めて見た途端、胸を締め付けられるように苦しかった。小僧の隠していた心をようやく覗けた気がした。ただ失いたくなくて、その涙を止めたくてたまらなかったのに、私になす術など何処にも無かった。龍神が見つけてくれなければ、とうに小僧は死んでいただろう。そして私は……どうしていただろうか。小僧の身体が蛆にたかられる前に、その血も肉も骨も全て腹に流し込んでいたかもしれない。以前は人の血肉など口にしたくなかったのに、今ではそのような想像も容易く出来てしまうのは、私が小僧に執着してしまっているのだろうか。  小僧は私の気持ちなど知るよしもなく、幼い寝顔を晒している。小僧はいつも大人びた顔をしているので、実の年齢よりも高く見えてしまうが寝顔は実年齢より幼い気がする。いつもあのような表情をしなければあの場所で生きていけなかったのだろうか。逃げたいと小僧は思わないのか。小僧の生きてきた環境を恨んでしまう。どうしてこのような気持ちを抱いてしまうのかを考えると、小僧と私は似たような境遇の持ち主であったことに思い当たった。 生まれた時から血の繋がった親に冷遇された者同士。私は小僧に過去の自分を重ねてしまっているのだろう。
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