与えられた選択肢

6/15
87人が本棚に入れています
本棚に追加
/204ページ
影縄の目の前には幼子の姿があった。 『ととさま、かかさま。ゆみをうまくつかえるようになったよ!』 幼子が自慢げに子供用の弓を片手に夫婦の元に駆けていく。男は幼子を抱えあげて笑った。 『おお、えらいぞ■■。ならば今度は文字を覚えられるようになろうな』 『えー。てならいはにがて』 幼子が不機嫌そうな顔をすると、女がくすっと笑った。 『■■、我儘は駄目よ。■■はもうすぐお兄さんになるのだから』 幼子は男の腕から降りると、女の膨れた腹をそわそわしながら見つめた。 『わたしがおにいさん?』 『ええ、そうよ。たとえ血が繋がっていなくてもお腹の子は貴方の弟か妹になるのだから』 幼子は嬉しそうに笑う。夫婦もそれを見て嬉しそうに笑う。そんな日常の幸せな風景。とうに失った思い出だ。背を向けた思い出をどうして夢の中で見なければならない。影縄の黒曜石の瞳が濡れる。 「とと様……かか様……」  血が繋がっていなかったけれど、私を我が子同然で愛してくれた方達。永久には会えぬと知っているのに胸に寄せる懐かしさで手を伸ばしてしまう。だが手が届く寸前に夢は掻き消えた。  目覚めれば新築同然の天井が見える。どうやら私が涙を流していたからか、狼が頬を舐めて目が覚めたようだ。礼代わりに狼の頭や身体を撫でると、ふかふかと柔らかく心地よい。撫でている内に夢の中で味わった悲しみも鎮まった。 「おい、狼。主の顔でも見に行くぞ」 影縄は布団を畳むと、宮を出た。
/204ページ

最初のコメントを投稿しよう!