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お昼休みはいつもならサッカーに行くところですが、今日のけんたは違いました。
自分の席に座って黙々と鉛筆を動かしています。
宿題が終わっていないのでも、暇つぶしに絵を書いているのでもありません。
ひたすら、ノートに「あ」という文字を書いていました。
きっかけは、月曜日の国語の時間に起きた出来事です。
黒板に書く先生の「あ」という文字が、教科書に書いてある「あ」とは少し違うことに気がつきました。
「先生、先生の『あ』、ちがうよ」
「ん?どう違うのかな?」
黒板に書く手を止めて振り返った先生に向けて、けんたは言いました。
「はじめの横棒はもっと短いよ」
「あ、ほんとだね。ありがとう」
先生は微笑み、黒板の「あ」の1画目を指でこすって短くしました。
「これくらいかな?」
(うーん)
なんだか今度は短すぎる気がします。
「100点の『あ』は、だれにも書けないからね。でも先生の『あ』、90点くらいは取れてるかな?」
先生がけんたを含めたクラスのみんなに問いかけました。
20点くらい、マイナス1億点、と何人かがふざけて答えるのを受け流しながら、先生は授業を進めていきます。
しかし、けんたの心は授業に戻ってくることができませんでした。
頭の中で、先生の言葉が何度も再生されています。
ーー100点の「あ」は誰にも書けないからね。
ほんとうに、100点の「あ」は誰にも書けないのでしょうか。せっかく教科書できれいな「あ」の書き方を習ったのに、それを書けないというのは、あまりにも悔しいことだとけんたは思いました。
(ぼく、100点じゃないといやだ)
その日から、けんたは暇さえあればひらがなの「あ」を書きました。
休み時間、給食を食べ終わった後、家で宿題が終わった後(ときには宿題そっちのけで)。ノートやうらがみにひたすら「あ」を書き続けます。
でも、いつまでたっても100点の「あ」を書くことはできません。1画目の横線がうまく書けたと思ったら、2画目の曲がる角度が急すぎたり。2画目が上手に書けたと思ったら、左下の曲がり角を丸っこく書いてしまったり。
どんなに頑張って書いても、けんたの「あ」は、国語の時間に先生が見せてくれた90点の「あ」にも程遠いものでした。
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