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「俺の親父、映画監督の仕事しててさ。ほら、今日の昼間、あっちで映画の撮影してたの知ってる? 俺も出演予定だったんだけど、ちょっとヘマしちゃってさ。親父がすんげー怒って許してくれなくて、反省しろって意味で埋められたんだ。埋めさせられてたスタッフたちが気まずそうな顔してたのは笑っちゃったなあ」
ぷぷっと思い出し笑いをする彼。
笑い話にしてはちょっと過激すぎるような――と、私は若干戸惑いつつも、彼の尋常ではないハートの強さに感心すら覚えていました。
「出演予定だった……ということは、あなたは俳優さんなんですか?」
「んー。俳優っていうか、まだ俳優になる『予定』かな。今回のがデビュー作になるから。まあ、親父のお情けで出してもらえてるだけだから、親父が却下したら俺の出番はナシってこと」
「それって、けっこう大事な局面なんじゃないですか……? こんな店でのんびりしてる場合じゃないのでは」
役者生命が始まるか否かの瀬戸際に、こんなオンボロの店で呑気に賄い飯なんて食べていていいのだろうか。
「だーいじょうぶ、大丈夫。俺の親父、一見厳しそうだけど意外と小心者だからさ。こっぴどく叱った後に、ちょっとやりすぎちゃったかなーって一人で悩むタイプ。今頃は俺のことを心配してるだろうし、そのうち機嫌直して迎えに来るよ。なんせ生き埋めなんて拷問だからな。『戦場のメリークリスマス』なら死んでたし」
「戦場の……?」
「昔の映画。有名だけど、知らない?」
彼の父君に関して私は何も知りませんでしたが、彼の口ぶりからは、彼ら親子の確かな信頼関係が垣間見えました。
何より、映画監督の息子である彼がこうして映画のことを簡単に話題にできる辺り、二人の間に隔たりのようなものがあるとは思えません。
「でさ、ちょっと相談があるんだけど」
「はい。何でしょう?」
「俺、財布もスマホも持ってなくてさ。親父が迎えに来るまで、ここに置いてくんない?」
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