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意を決した藤原は単身で東京駅へ繰り出した。
時刻は18時過ぎ。
既に何組ものストリート戦士たちが人目に付く場所を陣取っている。
藤原は隙間を見つけて入り込み、
千円札が木っ端微塵になるくらいの大声で叫ぶ。
「宇宙旅行楽しいーーー!!」
最高に最悪な出だし。近くに警察官のいないことが不幸中の幸いである。
「いやぁ、それにしてもクレーター多いんだな。
重力が小さいから、身体がふわりふわり浮き上がるぜ!」
どうやら月面を歩行しているつもりのようだ。
我々には脇を頻りにパタパタさせて跳んでいるようにしか見えないが。
パフォーマンスの質に反して、見物人が続々と集まってきた。
「次の目的地は火星だー! よし、出発!」
この男に恥じらいなどない。いっその事このまま突き抜けてもらおう。
「おっと、今日はここまで。俺と一緒に旅したいと思えた方は、
この帽子の中にお気持ちだけお願いします!」
当然誰も何もくれない。
引き潮のように客はいなくなり、
遂には最前列にいた不良青年だけが残った。
青年の格好はやさぐれており、きつい目で煙草を吹かしている。
年齢は見た目から判断するに、藤原より2,3歳若いと考えるのが妥当であろう。
藤原にはなぜか彼と初対面で会った気がしなかったが、
一瞬の気の迷いだと片付けた。
しばらく経って、青年は帽子に投げ入れ、悠然と帰っていった。
「ありがとうございます!」
藤原が帽子の中を探ると、入っていたのは5円玉。
一般的に見ればかなり少なく思えるが、
藤原が自信をつけるには充分な額であった。
まだ中に何か入っているようだ。
さらに奥に手をやると、ほのかに熱さの残る煙草の吸殻が一本。
「野郎、アメとムチってか......」
不敵な笑みを浮かべた青年の顔が、藤原の脳裏をよぎった。
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