夕凪センチメンタル

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夕凪センチメンタル

 私の住む海辺の街では、天気のいい日には夕方になると風が()ぐ。  昼は海、夜は陸、二つの風が交差するとき、風の音が賑やかだった街はひととき静かになる。  ある夏の夕暮れ、防波堤に座って風が凪ぐ瞬間を待っていた。  風の音、波の音が少しずつ静かになり、遠くから街の音が聞こえてくる。  全く音の無い時よりも、遠くの音が聞こえる時のほうが静けさを感じるのは何故だろう。  風が凪いだ。  夕陽をきらきらと反射している海の上に、ポツンと浮かんでいる漁船が遠くに見える。  その風景は、私の心を感傷的な色に染めて、私は涙を流した。  夕暮れ時や風が凪ぐ瞬間、ポツンと浮かぶ漁船に悲しい思い出なんか無いのだけれど、なぜかその風景を見ただけで心が揺れてしまう。  風景に揺さぶられる私の心は、まだ若く未成熟なのだろうか。若さゆえの漠然とした不安が揺れて涙が出てくるのだろうか。  いつか歳を取って心も成熟すると何も感じることが出来なくなるんだろうか。  やがて夕陽は海の彼方に沈み、陸からの風が私の背中を撫でる。辺りは夕暮れの色からから深い青に変わり、やがて暗い闇が訪れた。  私は立ち上がり街に向かって歩き始めた。  10年後、20年後、夕暮れ時にこの防波堤に座り、その時、涙を流せる心でありたい。
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