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序章 “正直者のタチアナ”
タチアナはシベリアの大地にひとり住んでいた。荒涼とした凍土に建つ一軒家のなかで、ただひとり暮らしていた。
地球を二分する戦乱が長く続いていたが、それを避けてのことでは無い。幸いなことに、タチアナの住むシベリアは、戦場になることは無かったので、都市機能は死んではいなかった。
だが、タチアナは街が嫌いだった。それは、タチアナは嘘をつくことが何より苦手だったからだ。
「正直者のタチアナ」。
それが嘲りをも含んだ彼女のあだ名だった。街には人が満ちている。そして、人が満ちているということは、嘘が満ちているということだと、彼女は成人するまでの都会暮らしで学んだ。その学びが、彼女の足を荒野に運ばせたのだった。
荒野の暮らしは孤独だったが、気楽でもあった。なぜなら、タチアナにとって、弱々しい太陽の光と、凍てついた大地は、偽善にまみれた人間社会より愛せるものだったから。彼女は冷たい風を、降りしきる雪を、全ての自然を、清らかなものとして、いとしく感じた。
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