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(昔の伊吹はもっと優しくて、いつだってあたしの事を大切にしてくれていた。いつも笑顔であたしの側に居てくれたのに。本当に彼は“伊吹”なの?)
涼香はいつも身に着けている角笛をギュッと握りしめた。
(分からない、もし、あいつが本当に“伊吹”なら。どうして、あたしとの約束を忘れてしまったの?彼にとってあたしは、その程度の存在だったの?)
涼香の瞳に涙が浮かんだ、その時。
「涼香!!」
涼香は自身を呼ぶ、男性の声が聞こえた。
「・・・どうして、あんたがここに・・?」
涼香はあまりの驚きに立ちすくんだ。
そこには泥にまみれた、伊吹の姿があった。
「無事だったのか。」
「・・うん・・。」
涼香は一瞬、伊吹が安堵の表情をしたかのように見えた。
意外だった。
まさか、彼が自分のことを探しに来るとは思っていなかったのだ。
「あんた、どうしてここに?」
「涼香が崖から落ちた後、涼香が落ちていった崖をそのまま下って来た。」
「あたしのこと、探しに来てくれたの?」
「お前に何かあったら頭領に顔向けできないからな。」
「・・そう・・。」
涼香は、自身の胸が締め付けられるような感覚に陥った。
(あいつは、父さんに何か言われるのが嫌で、仕方なくあたしを探しに来たのね。)
涼香はため息をついた。
しかし、次の瞬間、涼香は仔猫の鳴き声のようなものを聞いた。
(・・・今の鳴き声って・・?)
「とにかく、このまま暗くなる前に一旦、この森を抜けよう。」
「待って!あそこ!」
涼香が指指した先には、仔猫の姿があった。
「あの子よ!日和ちゃんが言ってた仔猫って!!」
「ミャ~~~!!」
仔猫はかなり高い木に登り、自分では降りられないような様子だった。
「助けなきゃ!!」
伊吹は助けに行こうとする涼香の手を掴んだ。
「何するのよ!?」
「待て!木の向こうは崖だぞ!」
伊吹に言われもう一度木の向こうを確認すると、数十メートルはある高い崖があり、その下には急な川が流れていた。
「こんなところから落ちたら命はないぞ。」
「でも、あの仔猫を助けなきゃ!日和ちゃんはあの子の帰りを待ってるのよ!」
「涼香、これ以上は危険だ。今回はもう、諦めて「冗談じゃないわ!!」
伊吹が言い終わる前に、涼香の声が遮る。
「“諦める”ですって!?それじゃあ、あの仔猫はどうなるのよ!?」
涼香の問いかけに、伊吹は何も答えなかった。
そんな伊吹の手を、涼香は思い切り振り払った。
「もういい!あたしは助けに行くから!!」
「涼香!待て!!」
涼香は伊吹の言葉を無視して、木に登った。
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